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名将気取り

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2005年 01月 30日

スペクタクル礼讃

 そのチームは現在、最多得点・最小失点でリーガ首位を独走する。FCバルセロナである。ボールポゼッション戦術の基本となるのは4-3-3システム。ポイントは真ん中のの部分。シャビとデコが並び、そしてその後方に守備力のあるマルケスが入る中盤の構成だ。このチームに明確なウイングの選手はいない。サイド攻撃の多くは、4バックの両サイドバックが担うことになっている。つまり攻撃時の形は3-4-3に近い。中盤の底に位置するマルケスの守備とポジショニングは、戦術の根幹を司る。

 怪我人続出で層の薄いチームの躍進を支えているのは、何と言っても完璧な意思統一のもと行なわれる全員守備である。前線からの鋭いチェックは、敵陣内でマイボールを奪われたその瞬間からスタートする。フットボール戦術の基本概念は『三角形』と言われる。三人の選手で三角形を構成する位置を取れば、ボール保持者は最低2つのパスコースを得ることになり、それによってより多くのプレーの選択肢を得られるというものだ。攻撃の際、ボール保持者の周りでいかに早くこの三角形を構成できるかということが基本的なコンセプトである。

 現在のバルサの圧倒的なプレスディフェンスのポイントは、この三角形をそのまま守備に用いたところにある。攻撃時に三角形を構成していた味方たちが、マイボールを失った瞬間にその三角形を狭めてボール奪取に向かうのである。あらかじめ構成されている三角の網が狭まる速度は、無論速い。その三角形の距離をより縮めるために、前線から最終ラインまでバルサの3ラインは思いのほか距離を狭めていて、攻守に渡っての三角形構成力を高めている。
 これを実行するには、恐ろしいまでの意識の切り替えの早さが必要となるのだが、素早くチェックに行くことで、自身の指導距離を最小限に留められるという利点もある。このバルサの守備について、ジーザス・クライフの言を借りよう(参照)。


「プレスというのはフットボールの基本中の基本。つまりボールを持っている時はスペースを広く使い、ボールを失ったときにはスペースを消す。どうやってスペースを消すのか?
 それはライン間の距離を縮めることだ。そうすれば相手はテクニックに頼るしか突破する方法はなくなるからね。そして、これこそが今のバルサがやっていることだ。彼らは全力でプレーしているように見えるが、実際に走っている距離はそれほどでもないはずだ。だからこそ、これだけ長い間耐えられるんだ」

 エトーが、デコが、ロナウジーニョが、なぜあれほどにプレスに走り回れるのか、クライフの言葉がすべてを説明している。つまり彼らは闇雲に走っているのではなく、攻撃時に形成した三角形の距離を、守備に切り変えた瞬間に狭めているに過ぎないのだ。そしてボールを奪い返した後は、またその三角形の距離を広げて味方のパスコースを作り出す。そこであのテクニシャンたちにボールを回しだされたら、相手方はもうどうにもならない。

 3FWのシステムとは、一般的に『1トップ+2ウイング』と解釈されるものだ。前線両サイドに配される選手は多くの場合、突破力に長けたウイングと呼ばれる選手である。しかし、今のバルサに純粋なウイングプレイヤーはいない。エトー、ロナウジーニョ、イニエスタ、ジュリ、彼らはそれぞれセンターフォワードであり、センターハーフである。そもそも、クライフの監督時代にも純粋なウイングが多くいたわけではなかった。サイドに適任の選手がいない場合、彼はそれ以外の攻撃的なプレイヤーをそこに配置した。ストイチコフやリネカーはウイングに配されたが、彼らとてウイングとしてそこにいたわけではなかった。つまり、その位置でウイングとは別の仕事を与えられていたのである。


「サイドでプレーすること、サイドからプレーを始めること、そこでスペースを作ることは全て別々のものだ」

 クライフの口を借りればそういうことになる。今のバルサの場合、スピードのある方ではないイニエスタをサイドに配置しても、そうそう彼を裏へ走らせるようなパスは出てこない。それは左サイドにいるロナウジーニョにしても同様だ。彼らはボールを保持すると中央方向へ移動することがほとんどで、それによって生じたサイドのスペースに味方サイドバックが走り込んでくる。ライン際からセンタリングを上げるのは、多くの場合このサイドバックの仕事となる。
 あらかじめサイドに位置取ることによって生まれたスペースを使って中へ絞り、そのために生じた外のスペースをサイドバックが再び使用する。また、サイドに開いたままで中に存在するスペースを2枚のセンターハーフに使わせても良い。このため純粋なウイングプレーヤーでなくともバルサのサイド役は務まるのである。

 加えて、ポジションチェンジを繰り返すこのチームにあっては、3トップのセンターのポジションでさえイニエスタやジュリが入ることも珍しくない。無論、誰も彼らに打点の高いヘディングやDFを2人背負ってのボールキープなどを期待してはいない。彼らはただ味方センターフォワードの空けた中央のスペースを使っているだけに過ぎない。それでもそこに効果的なパスが転がれば、中央の危険なスペースでシュートチャンスが生まれるのは必然だ。
 3トップの中央は頑強な大型FW、というのはもはや固定観念でしかないのかも知れない。技術に優れ、攻撃的なスタイルを好むチームに必要不可欠なのは、フィジカルではなく流動性である。思考力と機動力で、すべては賄える。インテリジェンスと融合したスペクタクルは、いつの時代もそこから生まれるのである。

 その代表者がデコである。移籍早々、主力の一翼を担ったこのブラジル生まれのテクニシャンは、今バルサで最も輝いているプレイヤーの一人である。技術的に文句の付けようがなく、強烈なシュートを可能にする脚力もある。キープ力が図抜けているにも関わらず、ワンタッチプレーも意外なほど多用する。それでいて彼は試合の間中、止まることなく守備に攻撃に走っているように映るのである。もちろん、彼は特別足が速いわけでも無尽蔵のスタミナを備えているわけではない。流動性のあるフットボールの鍵は、どうもこのあたりにありそうだ。ジーザスはデコについてこう語っている。


「みんな彼はよく走ると言うがそれは別の話だ。彼は攻守の切り替えがとても速い。彼は読みが的確で、ボールが彼の元に届くかどうか受け取る前からわかっているんだ。そしてボールが届かなかったときにはすぐに別の役割を果たしにいく。
 彼は他の選手よりも先を読んでいるし、それは立派なテクニックだ。デコがボールを奪うのは彼がたくさん走っているからではなく、人より先に走っているからだ」

 ライカールトは智将サッキが率いた黄金時代のミランをモデルにしていると言われる。自身もプレーしたあの究極のプレッシング・フットボールを、あるいは意図的ではないかも知れないが参考にしているのは間違いないだろう。ただ、彼の母国オランダそしてスペインの観客のフットボールに対するメンタリティは、イタリアのそれとは違う。いくら連勝し続けても、守備偏中に映る戦いぶりでは誰からも評価を受けることはない。
 特に、カタルーニャの星FCバルセロナに架せられた使命は、ジーザスの指標『美しく勝つ』こと。それ以外にはない。ここ数シーズン苦汁を舐め続けたバルセロニスタはあくまで勝利に飢えている。

 しかしながら今季は、サポーター、選手、首脳陣。三者の三角形の距離はいつになく絶妙だ。怪我人が出れば、シーズン途中にアルベルティーニのような一流の戦力を即座に投入することもできている。それに何よりチーム内のムードが良い。勝つこと以外に意識が散っていない。今季タイトルを取らねばいつ取る、という雰囲気さえ漂ってきているように映る。

 スペクタクル礼讃。攻撃姿勢の完全な具現化こそ、フットボールの目指すべき理想である。物事は結果ばかりが重要ではないが、それを良しとしない人々はその部分をこそあげつらう。だがスペクタクル・フットボールで結果をもぎ取ってさえしまえば、もはや死人に口なしであろう。
 ジーザスと共にほくそ笑む日が、とうとうバルセロニスタにも訪れそうである。彼らの今シーズンの結果は、来シーズン以降のフットボール界全体の流行戦術の動向さえも左右することになる。それに思い巡らせてみても、やはり結果としての勝利を望んでしまうのである。

by meishow | 2005-01-30 17:13 | フットボール


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