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名将気取り

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2005年 10月 09日

欧州遠征 前編

 ラトビアの首都リガに乗り込んだ日本代表の今遠征の目的は、まず守備体系の見直しと攻撃パターン構築の擦り合わせである。来年に控えた本大会を見据えて、比較的長期間練習できる今遠征の意味は小さくない。

 Jリーグのオールスター戦と重なった日程について、今更言っても始まらないので割愛するが、主力の何割かが欠けた中で新戦力の発掘があったならそれは怪我の功名と言えるだろう。

 先の欧州選手権でドイツ相手にドローを演じ、グループリーグ敗退ながらその小気味良いプレーぶりで鮮烈な印象を残した新興国ラトビアは、格好のスパーリング相手である。今回のメインゲームは2戦目の対ウクライナ。ラトビア相手に不格好な試合をするようでは話が進まない。

 日本はジーコには珍しく中盤をダイヤモンド型に配する4−1−3−2気味の構成でスタート。本来は小野が入るはずだった中盤左サイドには松井が収まった。卓越した技術とドリブルでのキープ力に定評のある彼の存在が、このチームに欠けていた機動力を補助することになった。

 もともとサイドの薄い4−2−2−24−1−3−2に変更せざるを得なかったのは、先の試合で物の見事に両サイドのスペースを蹂躙されたからに他ならない。つまりサイドに配置された今回の中盤両サイドは、まず自チームのサイドバックを支援することが第一のテーマとして課せられていたのである。無論、気を抜けば4−3−1−2になってしまう恐れは充分にあった。

 結果としては、日本が前半飛ばし過ぎたことで、ガソリンの切れた後半に予想通り崩れ始めるという若さ溢れる戦い方に終始し、「2−2」のドロー(参照)。好天下のデイゲームをフルスロットルで、前半を戦えば後半に失速することは目に見えている。もし勝つことを算段すれば、何を置いても前半のうちに勝負を決めておく必要があった。

 中盤の構成上、中盤の底を任された稲本の負担は軽いものではなかったが、中村、中田英寿などが後方へ下がってくることで補完しつつ進んだ。中盤4人の並びは「1−3」ながら、実質的には変則的な「2−2」の形。その振り子の役割を果たしたのは、成長著しい中村俊輔だった。

 彼の長所である抜群のキープ力は、これまでともすればチームのリズムを遅らせてペースを乱すもとにもなりかねなった。しかし今ではキープ力の使いどころの差し引きで柔軟に対応する術を得て、中田英寿すら自由に使いこなしつつある。

 本来はボールのないところでのポジショニングに長けている中田英寿を、日本代表の中で使いこなしきれる人材が存在しなかった。名波は陰で中田を操ってはいたが、そういう意味での使いこなし方ではなく、わかりやすく表現すると中田を走らせるプレーを引き出すような存在が欠けていたということである。

 日本のリケルメとも言うべき中村が、中田を走らせてその良さを引き出す時、日本が失っているチームとしての機動性を取り戻すことができるだろう。

 この試合で確かに松井は良い印象を残した。2年前の初招集時とは比べ物にならないほど溌溂としたプレーを見せた。今後に対する期待を抱かせるには充分だったが、しかし彼にしてもシュートに繋がる仕事を果たしたわけではない。一歩前までは運ぶが、最後の仕上げは演出できなかった。

 それは他の選手も同様である。中村は稲本を支援するために下がり、おしなべてプレーエリアが低かったし、駒野も高精度のクロスを連発することはなかった。柳沢は相変わらずのフリーランが光ったが肝心のシュートに至らず、稲本は猟犬としての姿しか見せられなかった。

 高原の思い切りの良さで先制した後、日本は続けざまのチャンスをすべてフイにしたことで、後半の展開はある程度予想できた。追加点は高原の機転の効いたヒールパスで、前を向いてボールを受けた柳沢が倒されてのPK。どちらも相手の守備陣を崩して取ったゴールではないだけに課題は残されたままだ。

 ラトビアに追いつかれた2失点の仕方も、ひとつはセットプレー、もうひとつはミスパスを突かれたという痛恨の失点。こちらも守備陣形を崩されたという訳ではないだけに、中身が少々薄いと言わざるを得ない。

 成果として見るなら、まずはDF陣の底上げである。メンツ的には代わり映えがしないが、大きなポイントは田中誠のスイーパー起用があった。これはジーコ体制下では珍事だということに刮目する必要があろう。

 アトランタ五輪代表時代は言うに及ばず、所属する磐田でもそのスイープ能力を買われて最終ラインの中央に配されてきた。スイーパーとして日本屈指の実力を誇る彼がその器用さが裏目に出てか、これまでジーコのもとではストッパーとしてしか使われてこなかった。つまり代表不動のスイーパー・宮本の控えの扱いですらなかったのである。

 今回DFラインでコンビを組んだ茂庭は、身体的に強いストッパー型の選手。田中との相性はまずまず悪くない。アピールの場としては格好の機会だった。2失点したものの、どちらも田中の能力不足からくる種類のものではなかったし、それ以外の場面では随所に彼の読み良さを発揮していただけに、来年の本大会のエントリーに向けて相応の手応えは掴んだはずだ。

 これまで空席だった宮本の控えの枠に、レギュラー格の田中誠が名を挙げたことで、ジーコから見れば限られた枠が1枠開いたようなものだ。これは大きな収穫であったと言える。

 もうひとつの目点は、珍しく辻褄の合ったジーコの采配ぶりである。いつも妙なタイミングで、さして意味があるとも思えない交替策を繰り返してきた彼が、今回はその交替の成功・不成功は別にして、なぜかハッキリとした意図の見えるものだったことがむしろ不思議なくらいだった。

 足が止まった後半、ズルズルとDFラインが下がってきた日本は逆にラトビアに試合の主導権を譲りつつ合った。ラインが下がった理由はDF陣にあるというより、ガソリンの切れた前線の攻撃陣の動きが止まり、チェックが遅くなったことでラトビアの中盤でボールが回り出したことによる。

 ここで選手を替えるとすれば、最終ラインではなく前線。後半20分、柳沢に替えて大久保を投入したのは理に適っていた。欲を言えば、もう数分投入が早くても良かったことくらいか。

 ラトビアは続々と長身の選手を入れ、どんどんとこぼれ球を拾ってペースを掴んで行く。ジーコの頭の中には「リードした時点で3バック型に変更して逃げ切り」というプランはあるにはあったろう。しかし、この展開の中でその策に移行するタイミングが早まったことは確かだ。

 後半31分、松井OUT→アレックスIN、中村OUT→坪井IN。機動力を発揮してきた松井の交替はスタミナ面を考慮しても仕方がない選択。だが一方の中村交替の方は、ジーコにとってなかなか高度な策を取ったことになる。ひとつの交替で2つ以上のポジションに変化をもたらす。古今東西の名将が繰り出す交替策の多くがこの種類の科学変化的な相乗効果を促すものである。

 ジーコはMF中村に替えてDF坪井を送り込むことで、まず坪井が最終ラインに入って4バックが茂庭・田中・坪井の3バックへ変更させた。アレックスが左サイドに張り、右の駒野が開いた3−4−1−2へ変換終了。これを一手で可能にさせたのが左サイドバックで出場していた中田浩二の存在である。

 3バック変更で彼はDFラインの前に出て3列目にポジションを移し、稲本とコンビを組むことになった。これは加地やアレックスでは期待できないポジション変更だけに、中田浩二の利点がうまく作用したと言える。彼を左SBに置いても走力のなさから、サイドバックたるべき多くの仕事は期待することができないが、監督としては側に置いておきたい捨て難い資質を持っているのである。

 3バックに替えても苦しい戦況は変わらず、続いて後半41分にも2人同時交替。中田英寿に替えて本山、高原に替えて鈴木。本山の投入は中田のいた3−4−1−2の「」のポジション。完全に枯渇した機動力を補完する投入だった。高原のスタミナも切れていたので、鈴木の交替も頷ける。その交替策が当たりかどうは別の問題だが、これまでのジーコのカードの切り方を見る限り、今回のそれは珍しい部類に入るのだ。


「(3バックにした理由は)中盤でボールを取られる場面が見られて形成が悪かったので(中盤を)1枚増やした。センターバックについてもかなり負担が大きくなっていたので、これも1枚増やそうというのが目的だった」(ジーコ日本代表監督・試合後談/参照


 結果的には彼がピッチに残した中田浩二のミスパスから失点してしまったが、それを彼の目点の甘さと論じるのは少々ナンセンスだろう。大きなポイントは、日本はまだ試合をコントロールするほどの力を備えていないということである。フットボールというゲームでは、『ボールの保持』はそのまま『支配』に繋がるわけではない。相手にある程度意図的に、ボールを支配させられているという場合もある。

 肝心の要は、試合をコントロールすることである。勝ちきるべき試合を、途中で凍結してしまうということも必要になってくる。本大会では、ラトビア以下の敵国と対戦することはない。ラトビア相手に試合を凍結できないようでは、先が思いやられる。余裕綽々のブラジルと引き分けるより、この日のラトビアに勝ちきることの方が、今の日本にとってはより切実な課題だ。

 次戦対するウクライナは、欧州でW杯本大会出場権を真っ先に獲得した強豪。ラトビアと戦うようにはいかないだろうが、リアクション・フットボールを指向する国だけに見ようによっては日本が支配しているように見える展開にもなるだろう。果たして本当の意味で試合をコントロールすることができているのは、どちらのチームか。

 ジーコの目標は世界の強豪に伍して戦うこと。まずもっての最低目標は当然グループリーグの突破に他ならない。それは今のチームにとって、多くは精神面での問題において、相当な難題であると思われるのである。


「(本大会の目標は)第1目標として、選手が本大会に向けてベストコンディションを保ってくれることは当然として、大きな目標はやはりグループリーグ突破。これをクリアすることに尽きる」(ジーコ日本代表監督・試合前日談/参照


 本大会まではあと8ヶ月。試合数にして何試合もない。真剣勝負の場となればほぼ皆無だ。数日後の対ウクライナ戦は、今後を占う意味で、思うより貴重な一戦だと言える。

by meishow | 2005-10-09 17:19 | フットボール


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