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2005年 08月 20日

正邪の行進

 魔の潜むW杯最終予選で6戦して5勝1敗、グループ1位通過となれば、これ以上の成績はちょっと望めないほどの好成績に映る。しかしながら、この快挙を素直に喜べない向きは恐らく意外ではなく数多いだろう。
 堅守遅攻を標榜するブラジル人監督。忠実に従う勤勉な選手たち。成績に振り回されて中身を見ることを忘れたマスコミ勢。日本人の中のフットボール好きたちは、あのフットボールが見たいのだろうか。

 あの不格好な戦いぶりは「アジア最終予選突破専用」でしかないと言うのならば、期待感は持てる。予選を突破できねば話にもならない訳だし、予選を突破するための専用チームという位置付けなら、その存在意義も大いにある。
 しかし、それが妄想に過ぎないということは、予選突破が決まって以降のここ数試合の中で判然とした。ジーコの考える理想のフットボールが、たとえ日本代表チームの戦いぶりの現状のままであるはずがないにせよ、今のチームの指向とそう大差がないであろうことは紛れもないのである。

 中盤でボールを繋ぎ、回しに回してセットプレーかそのこぼれ球で点を取る。または、押されに押されてカウンターで起死回生を狙う。格好の良さはどこにもない。3点取られても4点取り返せば良いという考え方とは、真っ向から対立する堅守派の及び腰フットボールである。これが国民の望んでいるものなのかどうか。

 ともかくもジーコは最低限のノルマを完全に果たした。予選突破のほかにアジア王者という冠まで付けてくれた。額面的に成績だけを見た場合、かなりの優等生であることは間違いない。これほど軽快に勝ち点を重ねられた最終予選の経験は日本にはなかった。アジア枠が4.5に増えたことがその最も大きな原因だが、負けず嫌いのジーコの信念でチームを導いた手腕ならぬ、念力の威力を崇めずにはいられない。


1日本 15
2イラン 13
3バーレーン 4
4北朝鮮 3


 6戦して1勝4敗1分の3位バーレーンですら、まだW杯への道が閉ざされた訳ではない。この甘い甘い枠の中で、しかし日本が見せた戦いぶりは東洋のカテナチオと言った風の、およそブラジル人監督が率いるチームらしからぬ姿勢だったのである。

 それら期待と失望の不協和音を鎮める効果的な実験媒体になるはずだったのが東アジア選手権、そして消化試合に過ぎなくなった予選最終戦の対イラン戦だったのだが、やはり何も生み出さず、何の変化も見られなかった。というよりも、ジーコは初めから本当の意味での実験などするつもりはなかったようだ。

 東アジア選手権の第1戦/北朝鮮との試合でいつも通りのスタメンを張り、その試合で結果が出ないとなると2戦目からはメンバー総入れ替えで、控え選手を投入しきった。子供のようなドタバタぶりだが、ジーコ本人は最初の試合から若手を使ってみたかったようではある。


「本来なら第1戦から彼らを投入しても良いと考えていたが、自分が躊躇した。初戦は神経的に圧力がかかるもの。だから経験豊富な選手を入れた。(2戦目から)真剣勝負の場だからこそ、一人一人の良さが見られる。だから敢えて2、3戦は同じチームを続けて見たいという希望があって、そういう選択をした」(韓国戦後ジーコ日本代表監督談/参照


 結果的にジーコは主力組のメンバーの体力的、精神的コンディション不良を見抜くことができなかったばかりではない。要するに、コンディション劣悪な主力組より、気力体力十分の控え組の方が下だという簡潔な評価がここで決定的になった訳である。この韓国戦後の会見では彼はまたこうも述べている。


「敢えて今までチャンスのなかった選手を2試合続けて送り出したのには意図がある。北朝鮮戦に起用したメンバー(主力組)は、これまで何度も真剣勝負の中でやってきて、どのくらいできるかはわかっていた。今季要した選手たち(控え組)が今日のようにライバル国との対戦などの真剣勝負、その雰囲気の中でどのくらいプレーに出せるか見たかったのである」(ジーコ談/同参照)


 それでは何故、初戦から実験を試みなかったのか。初戦は重圧があり過ぎるというのは説得力に乏しすぎる主張だろう。その中で揉まれてこそ、新戦力を試せるというものではなかろうか。初戦で惨敗を喫したから良かったものの、仮に接戦を制して勝っていたら「良い流れを切りたくない」とい話法で、メンバー総入れ替えには踏み切らなかったのではないか? その公算は低くはなかったと思うがどうだろう。

 怪我の功名で、新戦力は試される時間を得た。だが、それをモノにしたと言い切れる選手は実際多くない。A代表の経験者、未経験者含め、1年後にメンバー入りしうる実力を示すことができたのは、GK土肥だけだったと言っても良いだろう。
 確かに田中達也はインパクトを残したし、巻や今野にも使える目処は立った。駒野や阿部にしても期待の水準ではなかったにせよ、ある程度は稼働することができた。しかし彼らは、たとえば土肥ほどにW杯本大会のピッチで実際に働けるような片鱗を見せたとは言い難いのである。

 茂庭は所属チームでの彼の出来を反映するように芳しくはなかったし、田中も怪我でそれ以上のアピールが困難になった。彼の場合は大久保と完全にポジションが被っているだけに、ライバルが玉田だけではないのが辛いところだ。
 巻はスペースへのランニングもできて高さもある得難い存在ではあるが、すべては久保の復帰如何にかかわってくるだろう。ただし、日本人FWで最も実戦で期待できる久保に関しては、今後完全復活を遂げたとしても本大会直前で怪我を再発するような事態は充分に見込めるため、その枠の候補者たちにはぎりぎりまでチャンスは潜んでいると見るべきである。

 左アウトサイドの有力な候補者として、村井にはもう少し積極性を見せて欲しかった。アレックスが早めにセンタリングを上げ始めるとなると、村井にはチャンスはなくなってしまうだろう。
小笠原の控えと化している本山も厳しい位置にある。結局、イラン戦では後半明らかに走れなくなっている小笠原とさえ交代させてはもらえなかった。中田、中村らが入って以降のチームではベンチ入りすら難しくなる。

 劣勢な彼らに比して、遠藤だけは多少株を上げたかも知れない。欧州組がいなくなると、途端に起用率の高くなる傾向のある彼は、ベンチには置いておきたい使い勝手の良さがある。誰と組んでもそれなりに持ち味を出せる妙味は、阿部にはない大きな利点だ。

 今後期待の新戦力としては、稲本、大久保らを別にすれば、とりあえずは松井だろう。すでにA代表の経験はあるが、経験値としてはまったくのゼロに近い。いわば新人の枠組に入るが、彼は現在フランスでの活躍を見込まれて次回の欧州遠征では招集の可能性も高い。ただ、所属チームではトップ下または左ウイングを務める彼を、実際ジーコが使いこなせるとはとても思えないのが寂しいところだ。
 ジョーカーに使うとの風聞もあるが、果たして以前の本山のような存在になるだけに過ぎないのではないか? スペースのあった方が活きる松井を、試合後半攻めに出てスペースがなくなった局面で投入する絵が目に浮かぶ。

 スタメンからの3トップ布陣という発想は、中央突破主義のジーコにはまったく期待できない。せっかく田中や玉田、松井という駒が揃っていながら、2トップという枠を崩すつもりはないようだし、石川の招集がいまだ見送られることを見ても、右サイドは加地の攻撃力だけで充分だと考えているようだ。これだけでもジーコの考えるサイド攻撃がどのような程度のものかは、およそ想像がつく。

 ジーコにとっては、最終予選の真剣勝負も、予選突破が決まって以降の試合も、何の違いもないに等しい。どちらにしろアジア王者になる過程で築いた堅守型のチームが日本代表チームの母体であり、それはW杯本大会が終わるまでは変わらないということ。変わることを期待しても詮無いということ。
 これから後の戦いは、ひとつふたつの部品を探しているというだけで、車体の枠を変えようとか、エンジンを別のものに取り替えようとかいう質の探し物ではないということである。それを念頭に置いておけば、落胆はあっても失望はもうなくなる。

 そろそろ、堅守遅攻で戦う我らが代表チームの姿を、本大会で世界にご披露する真の姿なのだと刮目して認識すべき時にきているのかも知れない。ジーコはもう随分と前からそれをイメージしているのだろうし、選手たちも薄々気付き始めている。乗り遅れているのは国民だけ、という状況が今なのかも知れない。

 圧倒的な好成績と、歪なまでの堅守的フットボール。正しいのか、邪なのか。しかし神様が率いているだけに誰もその行進を止める者はない。正邪とりまくその行進に、乗り遅れたくない者はイタリアの泥臭いフットボールで負けない戦い方の基礎を予習しておいた方が良いだろう。そう言えば、神様も一時期かの国にいたのだったか。
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by meishow | 2005-08-20 00:44 | フットボール
2005年 08月 01日

進路は取れたか

 日本・韓国・北朝鮮・中国。東アジアの盟主を座をかけて争う東アジア選手権が地味に開幕した。モチベーションの維持も容易でないタイミングで、新戦力を試す以外の推進力は見出しにくい大会ではある。ようやくエントリーされた観のある今野・村井にしても、復帰組の阿部も、新顔の田中・巻・駒野も、今大会のどこかでは使われるだろうとは考えられつつも、やはりジーコは手堅くスタメンはイジらなかった。

 すなわち、いつものように勝ちに出たわけである。当然ながら、『実験』と『勝負』ではこの指揮官の場合後者に当然の重きを置く。3-4-1-2も、予想通りの両サイドも予定調和の2トップも想像の範囲内ではあった。しかしこの3国との対戦を測るに、まず北朝鮮を実験の場に充てずしてどの国にそれを充てるのか。変化のないスタメンを見て早速、進路に暗雲は立ち込めた。

 コンフェデを終えて、ようやく残り時間1年のリミットを切った。アジアの予選を突破した一行には新たな進路を取る必要性が生じたのである。そういう意味では、これ以上ない実験の機会であったのだが。さて、この対北朝鮮戦の結果は「0-1」の惨敗(参照)。唖然とするほど不恰好なゲームだった。


「準備は100%だとは言えないが、このチームはこれから始まるチームなのでこれからの成長を見てほしい」(キム・ミョンソン北朝鮮代表監督・試合前日談/参照

 監督自らこう吐露する若いチームに、ものの見事に日本は負かされた。確かに彼らには技術はなかったし、戦術的にもモダンではないし、展開も不恰好ではあったかも知れない。しかし持てる力を、なしうる範囲で最大限に搬出しそれを消化した彼らは、その稚拙なプレーとは裏腹にある種の爽快さすら感じさせた。対して日本はどうだったか。前半から相手の体力任せのプレスにさいなみ、技術を出しきれずに焦りを創出した。自滅と言っても良いほどの失態だった。

 相変わらず気迫のないイレブンに、指揮官の声は遠く響かない。黙々と働くのが日本人の美徳ならそれも良いが、気を抜いて勝てるほど日本は強くはない。ジーコの選眼に適う名手を揃えたのならば、相手のプレスをテクニックと華麗なパス回しでいなすような気分が欲しい。気迫と言い替えても良い。おっかなビックリでその技術を出し切れないようでは、テクニシャンの存在価値などまるでなくなる。それなら、日本にも少なからずいる猟犬のような創造性のカケラもない選手を11人揃えた方がまだ戦えるだろう。

 一方で、指揮官の意図が試合中に選手まで波及しないという悪状況は未だ続いていた。後半、立ち上がりから本山を入れたジーコの思惑を汲みとるのは難しくはない。どん詰まりの前線をかき回すべく4-2-2-2に切り替えて臨む。うまくいかねば4バックに切り替えるのは彼のいつもの常套パターンだが、この日の選択としては悪くなかった。結果として本山は不発だったが、それは後半開始の時点ではわからないことなので、試合後に指弾するのはナンセンスだろう。ともかく、カードを切る手順としては過不足なかった。

 問題はその後の2枚の切り方である。リードを奪ったことでいよいよ籠城態勢に入った北朝鮮を攻めるのに手を焼いた後半途中。完全に引ききった相手の裏にはスペースは寸分もなく、玉田と大黒のランニングも用を為さない。ジーコがその後半22分の選択は、玉田OUT→田中IN。スピードに優れた田中達也のドリブルは、初代表とは言えある程度の計算が立つ。だが彼を使うとすれば、日本が押し込まれた劣勢の展開か、この対北朝鮮戦の場合ならばまだスペースの存在した試合開始当初から使うべきであった。玉田から田中の交替では選手のタイプ的に似かよりすぎていて変化を期待できない。その実、やはり効果は薄かった。スペースのない中であげく田中の苦闘は指揮官が生み出した無様さであると言える。

 指揮官の意図がどこにあったかは別にして、不思議なことに身長167cmの田中が入ってむしろロングボールを前線へ蹴り込むパターンが増えた。確かにこの場面では、流れ的に一度前線へボールをぶつけてからこぼれ玉で崩し始めたいという時間帯だったのである。つまりボール回しの流れが滞り、横パスしか繋げなくなり出した頃合だった。

 言うまでもなく、ピッチ内の選手がこの場面で欲しがったのは巻だったろう。巻にすればここは絶好の投入ポイントだった。しかし、ジーコが巻を送り出したのは、それから10分後の後半32分。その時点では、ロングボールによる前線の橋頭堡確立を選手たちが半ば諦めた頃だった。巻を見て高めのボールを送りはするが、やはり先頃までとは必然度が違ってしまっていた。もはや打ち合いを放棄した北朝鮮の逃げ切り姿勢も、焦りに拍車を掛けた。長身FWとして期待されたほどに巻は制空権を奪うことができなかったが、それは彼一人の責ではない。


「0-1で負けている状況で、FWとしては点を取ることだけを考えていた。だけどパワープレーの練習をしていないのでボールと合わなくて難しかった」(巻・試合後談/参照

 パワープレー用の練習が皆無。そのために呼ばれたであろう巻は、一体何だったのか。ジーコが監督になってから、もはやこの程度のことでは驚けなくなっていることに驚きを隠せない。

 ミスで負けたとか、そういう水準の試合ではなかった。コンフェデの1戦目と同じことを繰り返しているだけである。つまりは、眠っていたから負けただけである。眠りながら勝てるほど日本は強くもない。15年間負けなかった相手にすら、相手に気合いが充満すれば負けてしまう程度の強さでしかない。油断はしていなかったと誰もが口にはするだろうが、自分は今油断していると自覚できるような人間はごく限られている。

 おそらく毎度のように次の第2戦目では寝呆けまなこで目覚めるのだろう。そして3戦目でようやくまともな試合をするかも知れない。だが、それが何だというのだ。1戦目を落としたことで、ますます新戦力を試す機会が失われた。『うまくいっている時は変えない』が基本方針のジーコにして、果たして次戦変えてくるのか否か。

 どちらにしろあまり多くは期待できない。ジーコにとって、村井は3-4-1-2のアウトサイド要員でしかなく、今野は福西のバックアッパーですらなく、阿部のFKは魅力的には映っていないらしい。駒野に至ってはA代表体験ツアーの参加者のようである。ともかく1戦目を落としたことで新戦力を試す機会が大幅に失われたことは間違いない。指揮官が破れかぶれになってスタメンをガラッと替えてくるなら別だが、彼特有の負けず嫌いがまた悪影響を及ぼしそうである。本気で勝ちに行って負けるなら、新戦力を試した上での敗戦の方が意味があるのではないか。仮に引き分けを得たなら御の字だったろう。

 ブラジルには『監督』という人種はいないという戯言もあるが、ジーコ自身も監督の風を気取っていないのかも知れない。ただのフットボール好きのオッサンとして参加しているだけか。はたまた威厳のある元・名選手という立場でW杯に臨む気なのだろうか。もしそうだとしても驚けない。

「選手たちの疲労などを確認して話し合うこともあると思うが、それぞれのコンディションを確認しながら時と場合によっては変える場合もある。時間をゆっくり使いながら考えたいと思う」(ジーコ日本代表監督・試合後談/参照

 ゆっくり使う時間は、残り1年もない。まだ1年もあると考えているのはおそらくジーコだけだろう。彼の場合は、W杯本大会直前でもまだゆっくりしているという事態も充分に考えられるだけに怖いのである。もう少し肝っ玉の小さい人物を監督に据える方が良かったのかも知れない。

 未だ選手と監督の足並は揃いそうになく、新たなる進路も当然まだ取れてもいない。舵取り役はどうやら選手になりそうだが、どこに視点を定めるかは本来将帥の仕事であるべきだ。名将は一見愚将に映るのか。どうも1年後の時点から逆算してチーム作りに励んでいるようには見えないのだが。さて、まだ2試合あるか。
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by meishow | 2005-08-01 22:27 | フットボール