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2005年 05月 29日

備えあれども憂いあり

 先日のペルー戦の敗戦を受けて、なおも引き分け狙いのプランで臨んだ日本代表はものの見事に同じ轍を踏んで敗れた(参照)。このキリンカップの2連戦の内容はまったく違っていたが、展開としては似たようなものになった。
 この時点ではっきりわかったことと言えば、相手国が日本を破るにはただふたつの秘訣で事足りるということ。セットプレーを抑えきり、あとはワンチャンスがあれば良いということである。それがはっきりと明るみに出たということ以外には、特に意味のない調整試合だった。

 しかし秘訣といってもこれは前々から露見していた事実でもあるので今更驚くようなことでもないのである。アジアカップでの戦いぶりを見てもわかる通り、日本はこれまでのどの試合でも圧倒的な差を見せ付けて勝ってきたわけでは決してなかった。それらの勝利はまるで薄氷を鉄靴で踏むようなもので、選手の粘り強さと指揮官の強運が生んだ実に頼りないものだった。

 好選手はいるが、アジア相手にも苦戦を免れない水準。これが日本代表の現状であることを認識する必要はもうないだろう。UAEにすら勝てる気のしないチームに、フランスを打ち破ることを期待したりはしない。しかしアジア最終予選を突破できないレベルの話では本来なかったはずである。W杯本大会のベスト16以上の成績が目標なのであって、予選など通過点でしかない。言ってみれば、その通過点での内容は謂わばどうでもいい事柄に属する。
 チャンピオンズリーグのトーナメント決勝戦を見て考えさせられるものがあったとしても、それを今の日本代表に掛け合わせることは無謀だし、無意味だ。希望としての良いフットボールは、あくまでも本大会での舞台に期待するように意識を仕向けて眼前の壁を突破する以外にはない。

 まず5月22日に行なわれたペルー戦から振り返ってみよう。3月までの最終予選前半戦からインターバルを置いて、仕切り直しとなるこの時期のキリンカップだが、詰まるところは予選の後半戦へ向けての壮行試合でしかない。ペルー・UAEという、意地悪く見れば『日本が勝つことを前提とした』招待国の選別からもそれは明らかである。ペルーは招待の理由は謎だが、UAEは完全に対バーレーンを意識した対戦相手ではある。

 しかし蓋を開けて見れば、よほどペルーの方が来たるバーレーン戦を想定することができたと言えるだろう。ペルーの明確なプレスの意識と小気味良い各選手の反応は、ゴールデンウィーク前後から続くリーグの過酷日程で疲労して動きの悪い日本勢を圧倒した。時間が経つにつれ日本がペースを戻していったが、これではどちらがホームチームなのかわからないような序盤だった。しかもペルーは若手主体の即席チームである。近々、アジア最終予選の天王山を迎えようとしている日本代表が、手玉に取られていい相手ではない。身体が動かないのは致し方ないとしても、明確なビジョンの見えない試合ぶりには嘆息が洩れた。

 無理に見出す注目点としてはふたつ。高めに置かれた宮本の位置取りと、右ウイングバックで試された三浦淳宏の先発起用。これまで3バックの中央で、宮本はいつも1枚余る形を義務付けられていた。この日はそれから解放されたように、ポジションを上げて3枚のDFは一列に近い形をとった。人ではなくゾーンで守る。これは中澤の不在も影響したのだろうが、どちらにしろ宮本にはこちらの方が向いていることは確かだ。スピードがあるわけでも身体的に強みがあるわけでもない彼にとっては、前めに位置取るスタイルの方が長所である読みの良さを活かすことが出来る。その面で見れば、この試合の最終ラインはある程度は安定していたと言えそうである。

 三浦の右WB起用は唯一かも知れない収穫だった。未だにバックアッパーとして未知数としか言えない位置にあった彼の存在は、いつかは実戦で能動的に試す必要があった。この日は怪我明けの加地に代わり右サイドでの出場。左サイドでの彼は利き足である右足の中距離砲を活かすために往々にして中央方向へ切り込むことが多いが、右サイドでプレーしたこの試合でも同様に中央へ絞り込んだ。そのからシュートの意識を保持しつつ再度縦へ抜ける、あるいは逆サイドへ大きなサイドチェンジのパスを出した。これらは加地にはとても望めないプレーであり、その意味ではひどく新鮮に映ったことは確かである。

 ただ、この試合での活躍も三浦のレギュラー奪取のための後押しにはならないだろう。これは本番前の調整試合でしかなく、彼の起用そのものが加地の離脱というアクシデントによるものだからである。本番も本番、最終予選の北朝鮮戦で満点に近い働きを見せた小笠原ですら、次試合では惜しげもなくベンチに戻された。壮行試合で活躍が光ったからといって、三浦と加地の位置取りが変わるべくもない。

 ただし、このペルー戦は結果的に意味の見出しにくい試合ではあった。寄せ集めに等しい若手主体のペルーに後手を踏まされた日本代表は、後半打って出て電光石火のカウンターを喰らい沈没した。例によって攻守のその采配自体もジーコではなく選手の自主性に委ねられ、意識の統一のないままに何となく敗れた。これはイラン戦でも顕著になったジーコ政権下の悪弊でもある。
「あの時間帯に前掛かりになったことについては、特に(ジーコからの)指示はない。自分たちで勝ちに行こうとした。ただ、W杯予選ならああいうことはしていなかったと思う。親善試合だったからトライした。
 この試合から見えてきた課題はディフェンスラインからのオーバーラップ。ゴール前のプレーの精度。あと決定力をもっと付けないと。とはいえ、負けたからといってチームの方向性は変わらないと思う。今までは2人のストッパーがいて1人余るという形を取っていたが、今日は3人でゾーンに近い形でやってみようと話をしていた。ディフェンスのテーマとしては、ある程度できたと思う」(宮本談・ペルー戦後/参照

 守備のテーマとしてある程度できたと思う、と宮本が語るほどの収穫しかなかったことについて、ジーコが言及したのは攻撃面での拙さについてのみだった。続くUAE戦で改善点が見られたのは、より深い位置取りに戻った宮本のポジショニングくらいのもので、加地の復帰でサイドには目新しさもなく、相変わらずFWの孤立と小笠原の奮闘ばかりが目立った。

 3バックはこの日も前試合と同じ坪井・宮本・田中という組み合わせ。前節で後半足を攣りつつプレーしていた坪井は、自慢のスピードを発揮しきれずに失点の元凶となってしまったが、彼はこの試合でも迷いなく先発の座を得た。ベンチに鎮座する茶野はジーコにとってはあくまでもサブ要員でしかないのか。スタメンDF陣の怪我でもない限り彼の登場場面は巡ってこないのである。怪我明けの坪井よりも、一段落ちるという評価の茶野のモチベーション維持も至難の業だろう。

 さて、このUAE戦で3列目に入ったのは小野と福西である。小野は久しぶりの代表復帰だが福西はすでに現時点での3列目候補のファーストチョイスだ。指揮官の評価も高く、着実に実績を上げつつある彼の存在は現代表チームの中にあっては存外大きい。


「彼(福西)はここ数試合、安定した動きでチームの軸を支えている。かなり精度は高い。彼は余計なことをしない。ボールを散らしながら味方に良いポジションを取らせて自分もカバーに入るとか、後ろにスペースの穴があったら埋めたりと、バランス感覚がある。もうひとつ大きな特徴として、攻撃のときに前半と後半に1回ぐらいボールを持って出て行く。他にセットプレーでの強みもある。誰とのコンビネーションでもそつなくバランスを取れる」(ジーコ談/参照

 小野の加入によってというより、UAEがペルーに比べてプレスの開始位置が低かったこともあって、日本が大方ボールを支配した。しかし、これもボールを保持した場合のいつものパターンだが、パスを回せど点が入る予感がしない。スペースを埋められてFWも動きを限定され、差し手が尽きかけたところでUAEのカウンター炸裂。またしても坪井の裏を取られた形だが、これで彼を責めるのは酷だろう。もともと日本は前掛かりになり過ぎていて、全体のバランスは明らかに狂っていた。

 試合前にジーコが目論んだ『引き分け狙い』という試合プラン通りにはどうやら運びそうにない展開のまま終始したのである。攻撃面でも特に見るべきところがなかった。これまでも、たとえば連戦連勝だったアジア杯の頃ですら、相手陣内にスペースがある時のカウンターか、セットプレーのチャンスを活かした時くらいしか得点機はないに等しい状態だったのである。セットプレーが入らず、カウンターも作動しない状況下で、急に日本が点を取れる理由はどこにもない。何の質問に対する答えにしろ、ジーコの言葉は決定的に的を得ないが、ペルー戦後の攻撃不発に関するコメントも意味不明瞭だったし、UAE戦の前日でもその不明瞭さは繰り返された。


「シュートという作業はバランスが大切。ペルー戦では数多くのチャンスを作り出したし、ボランチが上がってのシュートも多かった。しかし打ち急いでしまうとバランスや精度を欠いてしまう。バランスが悪いまま打っても筋力があるのでシュートは飛ぶが、最高のボールをゴールに流し込むにはバランスが大事。その辺を注意して練習した」(ジーコ談・抜粋)

 まるで小学生のチームを指導しているのかと見紛うばかりの発言だが、恐らくは『点を取って勝つため』にペルー戦後からUAE戦前日のこの日までシュート練習に取り組んだのであろう。
 結果、またも不発の「0-1」の敗戦。チャンスがないこともなかったが、得点の匂いは依然微々たるものでしかなかった。初先発の機会を得た大黒は、前半は硬く後半にやや解れた観があったが得点には至らず。北朝鮮戦での得点が印象的ではあるが、まだフィットしたとは言い難い。やはりメンバーとの意識と動きの擦り合わせには時間がかかるのか、代表に召集された頃の大久保の姿と被る。

 本山が入ってからようやく有機的な動きが見られるようにはなったが、彼にしても本番での起用の可能性はほとんどない。恐らくベンチにすら入らないだろうというのが現状だ。動きの質を変えることで戦況を打開するのではなく、個人の技量だけでゲームを引っくり返そうというのがジーコの基本的指向。中村・中田が合流する次試合で、本山の活躍の機会は皆無に等しいだろう。


「日本はとても良かった。ペルー戦よりも良かったと思うが、たくさんのチャンスを作っただけで終わってしまった。バーレーンの守備はとても強いし、選手たちのフィジカルも強いので難しいと思う。(中東の)気候も影響するかも知れない」(ジュマー・シュワイヒUAE代表監督談/参照

 実際のところ、この日のUAEのようにバーレーンが引いてくるとも限らない。前回対戦ではバーレーンのオウンゴールという日本の判定勝ちに近い結末だったが、ある意味で守備に関しては日本の攻め手を抑えきった印象を得ているだろう。ホームでの試合で、気候的にも摂氏40度近いとも言われる酷暑のアドバンテージが彼らにはある。エースの不在も中心選手の出場停止も、微々たる影響しか与えないとなれば、安閑としていられる余裕は日本にはない。


「バーレーンはプレーオフを経てのW杯出場を視野に入れて戦っている。日本戦は勝ち点を狙って、中盤が最終ラインに吸収される形で守備を固める。日本が試合を支配しやすくなるだろう」(スレチコ・ユリチッチ前バーレーン代表監督談/参照

 ユリチッチの読み通りバーレーンがプレーオフを視野に入れているとすれば、戦いにくいのはむしろ日本の方だ。ジーコの頭にどの程度プレーオフがちらついているのかは未知数だが、先を見据えた戦いを展開できそうにないことだけは明瞭である。

 バーレーンはまたも5バックに近い守備的布陣で来るだろうか。アウェーでの対日本戦と同じ戦いぶりを志向するとはとても思えないのだが、どうだろう。確かに計算上では、彼らは勝ち点を得られればそれで充分だろう。しかしその場合でも『前半攻めに出てあわよくば1点取って後半逃げ切り』という策に出ないとも限らない。カウンターを得意とするチームに、日本が先制を許してしまうとそれだけでプレーオフの影はちらつき始める。その時、手詰まりになった日本のベンチには本山の姿はなく、中田浩二・遠藤・稲本・三浦らの顔が並ぶのみという悪夢のような構図が浮かんでくる。

 先のバーレーン戦では小野の不在によって、3-4-1-2の3列目センターには中田英寿が入った。再三、早いタイミングで彼が繰り出す縦パスが功を得ず、リズムを崩してしまった展開も記憶に新しい。次戦では小野・中田・中村が揃い踏みの予定である。さて、3バックの布陣はそのままにどう配置するつもりだろうか。とにかくも3列目に小野を置くか中田を置くかで随分展開に差異が生まれるのは間違いない。また4バックに戻す案は考えないことにすれば、中田の右WB起用が最も安全策だと見れなくもない。

 もうひとつの奇案(ジーコにしてみれば)として、鈴木の1トップの下に中田・中村を並べる3-4-2-1もあるにはある。代案としてはこれも一見魅力的だが、得点力の無い2人をセカンドトップに並べても思うような効果は得られないだろう。しかもこの2シャドウ案では、結果的にFWを1枚削って右WBに加地を起用するという選択になってしまう。これでは戦う前から、より得点機を失するというものだ。

 ジーコはすでに中田の先発起用を明言しているだけに、小野の位置取りが実は微妙である。セリエAの残り試合で中村が怪我を負うようなことになれば中田の2列目で話は落ち着くのだが、よもや小野のベンチスタートいうような事態になれば恐ろしい展開になりかねない。ただし、バーレーンがホームでの勢いを買って前半から押せ押せで来た場合は、日本の得意な堅守遅攻の試合運びが必要となる。そうなれば、中田の方が活きる可能性もなくはない。どちらにしろ、魅力的なフットボールだけは期待しないほうが賢明だろう。今の日本代表チームの攻撃力は世界的水準から見れば歴然として低い。試合中に1点入れば儲けもの、2点入ればもはや僥倖である。


「あれだけチャンスを作ってゴールラインまでボールが行きながら、なかなか入らない。これがサッカーの怖さだ。全くチャンスが作れないのであればかなり問題なのだが、これだけゴールに近づいているのだから絶対に次の試合ではゴールを決められると確信している」(ジーコ談・UAE戦後/参照

 チャンスを作っているのだが点が入らなかった先の2試合を以ってして、チャンスを作っているのだから次は絶対に点が入る、と言いきる彼の根拠がどこにあるのかは恐らく彼以外には世の誰にも知り得ない。絶対に入ると言うのだから、それは絶対に入るのかも知れないが、何だか宗教めいて怪しげな抹香臭さも漂う。本来、フットボールには思想が伴うとすれば、日本代表が掲げるのは宗教に近いジーコの観念であって、思想にまでは熟成されていない個人的な信念である。

 確かに、中澤が倒れても坪井・茶野がいる。高原がいなくても玉田・大黒が控える。小野と福西がカードをもらっても遠藤・稲本が準備できている。そして加地が離脱しても三浦が使える目途が立ったことだけははっきりした。

 しかしながら、備えあれども憂いあり。相手に完全に研究され抑えられた得点パターンの代案はない。次試合バーレーン戦は引き分け狙いでいくのか勝ちにいくのかという明確な方針も、恐らくは提示されないまま試合に入るだろう。指揮官の強運に賭けるしかない身の上では、憂いが永久につき纏うのも仕方あるまい。おっかなビックリの最終予選の旅は、まだまだ安眠を誘わない錐もみ飛行の連続である。極東の小国・日本にとっては、アジアの空もまだまだ甘くはない。
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by meishow | 2005-05-29 17:39 | フットボール
2005年 05月 15日

確定勝訴

 6年間待ち侘びたバルセロニスタに遂に歓喜の時が舞い降りた。第36節、レバンテの本拠シウタ・デ・バレンシアに乗り込んだFCバルセロナは「1-1」の引き分けで勝ち点を収め、すでにセビーリャと引き分けていたレアル・マドリッドの追撃を振り切って優勝争いをフィニッシュした(参照)。

 実質的には前節のバレンシア対バルサ戦で優勝争いの結末は見えていたと言える。最後の難関と見られたメスタージャでバレンシアを破ったこの試合の勝利で、2位レアル・マドリッドの自力優勝の可能性は潰えたのである。今節、レアル・マドリッドが負ければ、試合前の時点でバルサの優勝が決定する事態すらありえた。結果はホームのセビーリャが渾身の戦いぶりで引き分けに持ち込みCL圏内を堅くする一方、レアル・マドリッドはまさに痛恨の極み。追い上げるべき立場の彼らが勝ち点に終わったこの時点で、バルサとしては降格争い中のレバンテ相手に引き分け以上の成績で優勝が決まることになった。


「私は少し冷たいと思われるかも知れないね。しかし今のところ私はリーガタイトルの話には関心がない。優勝が決まって初めて喜びを感じるだろう」(ライカールト談)

 このバルサ指揮官の言葉(参照)には冷静さが際立っているように映るが、しかしこの日のバルサにいつもの軽快さが見られたとは言い難い。バルサ育ちのプジョルやシャビらが今節の勝利で優勝を決めたいとコメントしたのに対し、外様のマルケスらは口を揃えて「優勝さえできれば形は問わない」と応えた。このイメージの乖離は当初予想されたほどの悪影響を及ぼしはしなかったが、指揮官であるライカールト自身が攻めに徹するフットボールのイメージを保てていたかは、疑わしいものがある。

 右サイドバックのベレッチを欠いたことで、先発メンバーには多少の変動が予想された。通常であれば右SBの控えに当たるダミアがベレッチの穴を埋めるのだが、この試合ではそこにCBのオレゲールが入った。中央でプジョルと組むのは中盤から下がったマルケス。一枚のピボーテにはシャビがずれて入る形である。本来のシャビのポジションにはイニエスタの姿があった。ダミアよりイニエスタの起用を優先させたのは、途中出場が多いとはいえこれまで全試合に出場し続けている準レギュラー格である彼に対する連携面での信頼感だろう。

 バルサのベンチに控えるフィールドプレーヤーは6人。DFが3人、ダミア、シウビーニョ、エジミウソン、中盤がアルベルティーニ、モッタ、ジェラールである。故障明け間もないエジミウソンの出場はまず選択肢としては考えられず、使用できる駒としては本質的にピボーテの位置に入る選手しかない。このバルサの身構えを見ると、とてものこと前傾姿勢とは言い難いのである。

 さすがに長く遠のいていた優勝を目前に控えると、重圧もかかるのか。選手たちの動きは心なしかテンポが遅かった。対するレバンテは、エースのセルヒオ・ガルシアを欠く苦しい布陣。スピードのあるコンゴを1トップに左からジョフレ、リベラ、エティアンが2列目に並ぶ4-2-3-1。だが実際にはコンゴとリベラの2人で攻める4-4-2に近い形である。バルサのカンテラ出身・技巧派リベラのキープ力が、レバンテの攻撃のすべてと言っても差し支えない。

 しかし彼らが一極集中の攻撃態勢であるにも関わらず、バルサの中盤の底に入ったシャビはマルケスとは違い積極的にはキープレーヤーを削らない。ロングボールを蹴り込むだけのフットボールへの対処策としては、最終ラインのマルケスが一歩前に進み出てそれに対するが、この日はリベラから丁寧に繋いでくるレバンテが相手。エースの代役コンゴの俊足が皮肉にもこの日は活きた。マルケスは最終ラインに配されると途端にスピード不足を露呈する。高いライン保持のためにバルサ陣内にはいつも広域のスペースが用意されている。このため、バルサのセンターバックに必要とされる第一項目はまずスピードであろう。シャビが中盤の底に入りマルケスが最終ラインに配置されたことで、リベラが自由にプレーできたのはある意味で想定内の事態だったと言える。

 ピボーテにシャビが入る際のバルサは、2列目の2人が彼をサポートするために後方支援に赴かねばならず、そのため最前線のエトーとロナウジーニョもワンクッションおいて下がらざるを得ない。テンポの遅さはここから発している。逆に守備者のマルケスがピボーテに入る時は、ある種バルサの中盤の守備は分業制となる。マルケスが守備専従の形を取ることで2列目以上の選手たちはある程度の自由を得られるのである。無論、基本概念としての全員守備を念頭においている点では違いはない。

 この日のライカールトの選択肢の中には、ピボーテの位置にシャビではなく守備の得意なモッタを据える手もあった。この場合はイニエスタとモッタを天秤に掛けることになるのだが、ここで若き指揮官の取った選択基準は、老獪にも今シーズンのチーム内での経験値の高低だった。つまり怪我から復帰して目下チームに適応中であるモッタよりも、全試合で出場してきたイニエスタの手堅さを選んだのである。これは言い換えれば分業制による明確な意志の提示より、連携面での信頼感を優先させたということでもある。

 これが結果としては裏目に出た。だがこれを以ってライカールトを責めることはできないだろう。ベレッチの出場が叶っていれば、彼はこれまで通りの戦いぶりを迷いなく通したであろうし、たとえ始めからモッタを先発で使っていたとしても彼の恐れる連携面での拙さを見せてバランスを崩したかも知れない。
 畢竟、監督の本分は占い師的な勘の良さを見せることではなく、綻びが見られた後それをどう修正しうるかにある。うまくいっているチームに、名采配は必要ないのである。

 予想通りと言うべきか、ライカールトも視野に入れていたあろうシャビとリベラのマッチアップの勝敗が前半のリズムを制してしまった。コンゴが頭で落としたボールをフリーで走り込んだリベラが丁寧に合わせてレバンテ先制。前半はエトーも中盤に引かざるを得ず、反撃の糸口を掴み損ねたまま終了した。

 ここでライカールトにはふたつの選択肢があった。モッタを後半開始から投入するか、しばらくこのままの布陣で様子を見るか。彼の選んだ手は後者。後半開始早々の投入は連携ミスから何でもないことで失点する危険性が高い。それを考慮しての策だったのだろう。それは最初の6分間を見ただけで、イニエスタに替えてモッタを投入したことでもわかる。ライカールトの頭には「後半はモッタ投入でリズムを修正」という案がハーフタイム前の時点ですでにあったに相違なく、それでも後半始めから使わなかったのは不用意な失点を怖れたがためであろう。

 更なる修正点は、前半から左サイドで再三に渡り後手を踏まされていたファン・ブロンクホルストの守る区域である。ここにはモッタ投入からわずか5分後の後半12分にシウビーニョを入れた。より前に進出することで相手のサイドハーフを後退させようという積極策である。試合も残り30分近くになって落ち着いてきていた。攻勢を強めるには手頃な時間帯だったと言える。

 モッタの投入で中盤の守備の分業制が確立し、2列目のシャビとデコに僅かながらも体力的・思考的な余裕が生まれた。それは容易に前線の3人にも波及し、バルサのパス回しが目に見えて冴え始めた。中でも輝いたのがロナウジーニョである。彼が光るにはほんの僅かな時間的スペースがあるだけで良い。それが前半には充分でなかった。
 しかしモッタ投入後の好リズム好循環の中にあっては、彼の躍動はすでに約束されたも同然である。生まれ変わったように飛び跳ねるロナウジーニョにレバンテの守備陣は翻弄され、バルサは勢いを取り戻した。ライカールトの打った手により、思い描いた通りにバルサは軌道を持ち直したのである。

 右コーナーキックからのボールにマルケスが前のめりに頭から突っ込み、レバンテDFと競り合って流れたボールはファーサイドのゴール前にいたエトーへ渡った。これをエトーが軽く決めて同点。この夜バルセロニスタが大挙押し寄せて、ほとんどバルサの植民地と化していたレバンテのホームスタジアムは歓声に揺れた。競り合ったボールがレバンテの選手の前ではなく、エトーの目前に導かれたことは偶然に過ぎないが、しかしその直前のマルケスの捨て身のヘディングが無かったはずの偶発性を生み出したことだけは確かだ。

 転がってきた幸運をようやく形に変えた。前半に好機を逃し続けていたバルサ勢は、これで一様に胸を撫で下ろすことになった。レバンテはバルサからの勝利を現実的には考えていなかったのだろう。目下、降格圏内ギリギリの位置にいる彼らからすれば、下から追い上げてくるマヨルカとの勝ち点差だけが気懸かりの種。バルサに対峙して引き分け、勝ち点をもぎ取れれば御の字である。むしろ下手に攻勢に出て、手中の勝ち点を失えば来季以降のクラブ財政にも影響を及ぼしかねない。後半の残り時間が少なくなるにつれ、試合はまったく沈静化し、試合終了から十数分前の時点ですでにこのゲームはエンディングを迎えていた。

 バルサのベンチ前に大勢の報道陣が溢れ返り、ロスタイムは優勝パレードのプロローグと成り果てた。主審の笛が鳴った時、ライカールトの頭に何が浮かんだだろうか。最後の審判はその笛の音で下された。バルセロナ6年ぶりのリーガ制覇決定の瞬間である。

 一種、消極的にも映るこの日の彼らの戦いぶりは、ライカールトの迷いの顕れでもあっただろう。全38試合の内、こういった試合もあるのだということは彼には初めからわかっていた事実でしかないのか。ともかく今季2度目のクラシコも、バルサにとっては38試合のうちのひとつでしかなかったことは確かだ。それと同様にこの試合も、ほとんど優勝経験のない選手たちそして自分を含めた未経験の域へ踏み込むことの怖れや動揺を、あらかじめ想定範囲内に置きつつ戦ったのが、この日の采配だというのであれば、それはそれとして評価しうる。


「残念ながら監督がひとつのチームに留まるのは選手よりも難しい。私は一時代を築くのではなく、長年タイトルを待ち焦がれたソシオの皆さんを幸せにするつもりだ」

 ライカールトは試合前にこう述べていた(上記同参照)。高位のポジションにはそれに伴う責任が付加される。スペインの中でも特別なFCバルセロナの監督という地位に押し潰される人間は少なくない。オランダ人の先輩にもこの地での失敗者はいる。優勝という額面の成績だけでは測れない数値を、丹念に測定する人々が支えるクラブ。それがFCバルセロナである。

 美しく戦い、なおかつ勝利する。このとてつもなく高い彼らの要求に応えるのは、どんな百戦錬磨のベテラン監督でさえ容易ではない。指導者として成功道まっしぐらだったとは言い難いこの若き指揮官は、ここに来てようやく大きな肩書きを手にした。『勝てなかったバルセロナを、美しく楽しく勝たしめた男』という風聞。シーズン序盤からの相次ぐ離脱者の増産、勝てない時期の苦しみをも強い意志を貫徹することで乗り越えてきた。白い軍団が無様なフットボールで勝ち点を稼ぐ中で、堂々たる攻撃的な戦いぶりを貫き通した矜持。それでいてリーガ最小失点という冠もついてきそうである。


1 バルセロナ 82
2 R・マドリッド 76
3 ビリャレアル 61
4 セビーリャ 59
5 ベティス 58
6 エスパニュール 57

 攻撃的なフットボールで結果を出すという彼らの訴えは、最高の形で審判が下された。バルセロナの確定勝訴。豪華布陣を揃えてなおリアクション・フットボールを是とする多数派に対して、これ以上の痛烈な皮肉もない。

 確かにロナウジーニョはシーズンを通してほとんど超越者としてチームを牽引し続けたし、大した怪我もなく戦い抜いたことは大きな驚きでもあるのだが、その彼がかの名手ジーザス・クライフらの域に達したか否かの議論自体には意味がない。
 だが一方で、若き優勝監督ライカールトが攻守両面の手管を研ぎつついまだ成長を続けているということだけは、この時点で記憶しておいた方が良いかも知れない。今季のバルサを優勝せしめた手腕は尋常ではない。来シーズン以降のフットボール界の指針を決める決定打にさえなりうる。これはまさしく世界中の賞賛を受けて余りある功績であると、ここでは大げさに書き留めておこう。
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by meishow | 2005-05-15 19:10 | フットボール
2005年 05月 04日

盛衰の交差点

 終盤も差し迫ったリーガ第34節、トップで2強の鍔迫り合いが続く中、より熾烈を極めているのはむしろ3位以下の欧州杯出場圏内を賭けての争いだろう。ホームでライン相手に惨敗を喫したデポルティボ・ラコルーニャと、3位という高位置につけるアンダルシアの雄セビーリャとの対戦。
 4位以上のチャンピオンズ・リーグ出場権および6位以上のUEFA杯出場権の獲得は、すなわち来シーズンの懐具合を決める予算争奪戦でもある。今季は優勝を争う2強を除いて稀に見る混戦で、この期でも3位のセビーリャ(勝ち点55)から10位のデポルティボ(勝ち点46)あたりまでは充分にUEFA杯まで手が届きそうな位置取りだ。

 現時点で3位のセビーリャは、ホアキン・カパロス監督のもと手堅くも小気味の良いフットボールを展開して考えうる最高位につけている。一方のデポルティボは低迷から脱却したかに見えた一時の復調ぶりも今や見られず、依然中位にうずくまっている形。勢いでもセビーリャに軍配が上がるという試合前の予想を、そのまま絵にしたような試合だった。参考のため、この試合前のイルレタの言葉を引用しよう(参照)。


「まだ5試合、勝ち点で計算すれば15ポイント残っている。我々が目標を達成したかどうかの総括は最後にして欲しい。悲観的になっても何もいいことはないんだ。2連敗している監督が何を言っているんだと思われるかもしれないが、私は現実を言っているまでだ。例えば残り5連勝することだってありうる。まず今週末のセビーリャ戦に勝って、次のホームの試合に弾みをつけたい」

 ディエゴ・トリスタンの離脱によりルケがセンターへ入ることで、イルレタがチョイスする選択肢はふたつ。いつもの変則4-4-2をそのまま採用するか、もしくは純粋な4-2-3-1で手堅く構えるか。スタメンから見る結果は後者、左SBのカプデビラを左ハーフに置き、ムニティスを右に配した4-2-3-1。ビクトル&ムニティスの両サイドという予想を後ろ向きな意味で裏切った形である。
 対するセビーリャは、こちらも主力の離脱で前線はダリオ・シルバが久方ぶりのスタメンでセンター。使われてもサイドハーフに配置されることの多かった彼にしてみれば、監督を見返す良い機会でもあったが、それはルケにしても同様である。本来センターFWとしての自覚のある彼にすれば、左サイドで変則的な2トップの片棒を担がされるよりは真ん中でのプレーにより魅力を感じているはずだ。

 だが結果的に、この二人の明暗はチームのそれをも分けた。デポルティボはとにかくラインが間延びして仕方がなかった。確かにセビーリャの左右両サイド(ヘスス・ナバス&アドリアノ)は広く狭くサイドを蹂躙してはいた。しかし縦に伸びきったラインを押し戻せなかった点は、最前線のルケに拠るところは大きい。マイボールになった時点で、DF陣としては押し上げのための時間的余裕が欲しいところであるが、ルケは再三その時間的余裕を僅かなチャンスと引き換えにして無にした。無論のこと、良いボールが回ってこない焦燥もあったろうが、1トップが中盤の深い位置まで下がってきては前線に落ち着きどころの生まれるはずがない。最前列にバレロンひとりが佇む姿は悲壮感さえ漂った。

 前半、マウロ・シルバの負傷時に奪われた先制点は、中盤の底に空いたそのスペースをバプティスタに巧く使われた結果だが、しかしその決定機以外でもこのセビーリャの10番には再三振り回されていた。彼が中央で存在感を放つことで、より両翼が活きたことは見逃せない。これと同じことはこの日のデポルティボ側には見られなかった。
 ルケの冒した間違いを、一方のダリオ・シルバは逆転の発想で打破した。ボールが良い形で足元に入らないのならばと、自慢のスピードを活かして左右のスペースへの走り込みを繰り返す。これにより、デポルティボのDF陣はラインを下げざるをえなくなった。彼の空けたスペースには、バプティスタやヘスス・ナバスが勢い良く走り込んでくる。2点目のヘスス・ナバスのシュートは秀逸だったが、その前に彼が中へ絞って開くだけのスペースがそこにあったことを思うと、ダリオ・シルバの献身的な動き出しは実行力を伴ったフリーランニングと映るのである。

 マウロ・シルバの交替以後、いよいよデポルティボのラインは開いた。ビクトルを投入してムニティスを左に配し、遅ればせながら変則4-4-2に戻すも時すでに遅し。3列目のセルヒオらが必死に攻撃に絡もうとしたが、そのため中盤底の、すなわちバプティスタのスペースがガラ空きになった。左右両サイドは無人の如くで、後半は追加点を入れなかったことの方が不思議でさえある。

 サンチェス・ピスファンは数々の奇蹟を起こしてきた由緒ある舞台だが、この日の勝利は至極当然の結果のようでドラマ性は少なかった。セビーリャの俊敏な戦いぶりに比べれば、デポルティボのそれは酷く鈍重だったと言える。ルケが健在だし、ビクトルやムニティス、セルヒオも好選手である。名前から見れば、むしろセビーリャの方が数段見劣りする。少なくない数の離脱者を抱えるとはいえ、デポルティボの戦力値は決して低いものではない。ではその病巣は何かと問われれば、やはり精神的な団結力の有無になるだろう。

 チームとしての共通意識は、勝ちさえすれば得られるものではなく、また負けたからといって失われるものでもない。それらを維持することは至難の業だが、名将とはそれをコントロールできるものを言う。イルレタがリアソールに降り立ってから長い年月が経ち過ぎたのだろうか。否、個人の能力で対応できる限界点をすでに状況は越えてしまっいるのである。彼の育て上げたチームという乗り物は、機関部が故障することなく各部が劣化し消耗した。メンテナンスが追いつかず、ついにドライバーの意識が低下した。部品の各部が思い思いの軌道を描き、今や走っているのがやっという状態である。それを固体として何とか維持しているのが現在のイルレタの姿である。これ以上を彼に臨むのは酷と言うべきだろう。

 デポルティボは明らかに再編の時期に来ている。ポスト・イルレタの最有力候補と言われるセビーリャの将帥ホアキン・カパロスが作り上げたチームは、全体の守備意識が攻撃にも好影響を及ぼす健康的なスタイルである。イルレタからすれば、敵チームのその躍動は何年か前のデポルティボを見るような思いだったに違いない。上り調子の若いチームと下り坂の老いたチームが交差したこの日の対戦は、見事にその対比をスコアに比例させた。クラブの盛衰はフットボールの常でもあるが、これほど如実に立ち現れる例も珍しいだろう。


「もし臆病者の監督だったら2年連続でピチチ(得点王)を生み出すチームは作れない。しかもこのように小さなクラブでね。 違うかい? マカーイとディエゴ・トリスタンはデポルでピチチを獲得した。だからそれは真実ではない」

 イルレタのこの言葉(参照)は、残念ながらこの日の彼には当てはまらなかったと言えるだろう。左サイドにカプデビラを置いた4-2ー3-1に勇気ある指揮官の横顔は窺えない。リアノールの敗戦は確かに痛手だったが、サンチェス・ピスファンでのセビーリャ戦に恐れをなしたとしか見られない戦いぶりだった。カプデビラの左ハーフ配置は、すなわちルケ+ムニティス頼みのカウンター戦略。それがためのバレロンの中途半端な位置取り、それがためのラインの間延び。チームの意識がこの試合の勝利にあったのかどうかすら疑わしい。まさにチーム劣化の末期的な症状だった。

 CL出場権を狙う上でこの試合に賭けるセビーリャの目は吉と出た。直前合宿を張ってまで臨んだデポルティボ戦は「2-0」で快勝した。若いチームは乗せると怖い。次節に控えるベティスとのアンダルシア対決でも好勝負は必至である。残り4試合の現時点でデポルティボは勝ち点46で11位に後退。セビーリャは勝ち点58で3位をキープした。


1 バルセロナ 78
2 R・マドリッド 72
3 セビーリャ 58
4 ビリャレアル 55
5 バレンシア 53
6 エスパニョール 53
7 ベティス 52
8 サラゴサ 49
9 A・マドリッド 48
10 A・ビルバオ 48

 セビーリャの考えうる最高位はこのままの維持の3位。CL出場枠の4位、UEFA杯出場枠の6位までの争いは最終節までもつれることになりそうだ。1試合落とせばそれだけで戦線脱落というデッドヒートだが、すでにデポルティボのシーズンは終わったに等しい。仮にUEFA杯に手が届くようなことになれば、それこそ驚きだが、以降は勝ち点を争う同胞と直接対戦の目白押しであるため、可能性もないとは言えない。
 今節アルバセーテに快勝したバルセロナは依然首位のまま、同じく勝ち点3を収めたレアル・マドリッドとの勝ち点差も変わらず。レアル・マドリッドがこのあと4戦全勝しても、バルサは2戦2敗できる計算が立つ。次節バルサが勝ってレアル・マドリッドが敗れれば、そこでバルセロナのリーガ優勝が決まる。

 今季、素晴らしい躍進を見せたセビーリャだがこのまま行けばCL出場は堅い。むしろ杞憂は来シーズンの陣容になる。主力の離脱を留めることも至難だが、何よりホアキン・カパロス監督の去就がより重要だ。上り調子にあった若いチームの勢いを、レジェス放出後も維持してさらに進化させた手腕はまさに一流と言える。来シーズン、彼の定位置がリアソールにあるのかは定かならないが、どちらにしろセビーリャが見せた小気味の良いパフォーマンスは今シーズンのリーガを魅惑的に彩ったことだけは確かである。
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by meishow | 2005-05-04 14:48 | フットボール