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名将気取り

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2005年 02月 24日

ウイングの再考

 欧州に3トップのスタイルが徐々に浸透しつつある今日だが、左右に張り出すウイングの存在意義も昔とはよほど変わってきているようである。ウイングとは、ごく簡単に定義すると『タッチライン近くに位置取り攻撃する左右両FWのこと』ということになるが、古式然とした昔ながらのウインガーの影はすでに薄い。サイドをドリブル突破で切り崩し、正確なクロスを送ることを繰り返す名手は、その姿を変えつつ生き残るしか術はなくなっているのである。

 現在のフットボールの中で、純粋なウインガーが活きる場はないと言って良い。ただし、現代の指向にマッチすることのできるドリブラーなら話は別である。つまりサイドに張って位置取ろうとも、試合の流れを読んでチームとしてのプレーに絡む能力が不可欠である。昨今のウインガー的選手で現在もそのポジションでプレーすることをキープしている者は、差はあれどすべからくこの能力があると見て良いだろう。
 最近のウイングというと思い当たるのは、オーフェルマルス、ゼンデン、フィーゴ、ロッベン、クリスティアーノ・ロナウド、ギグス、デニウソン、ホアキン、ビセンテと言ったところか。無論、他にも少なからずいる。

 ポジションとしてのウイングを考える時、まず必要な能力とされるのが突破力だろう。ドリブルで行なう独力での突破能力が低い限り、その選手をわざわざサイドに置く必要性が生まれてこないからである。中盤でのボールの争奪戦を離れてタッチライン際にポツンと選手を余らせておくというのは、その後の攻撃的効果を打算して割に合うと判断しての結果だからだ。

 近年よく言われるのは『現代サッカーではウインガーの居場所はなくなった』ということだが、素早いプレッシングが旺盛となって以後のフィールドでは、たとえサイドであれ時間的にもスペース的にもドリブラーが余裕を持ってプレーすることが難しくなったことは確かだ。しかし、その流れに逆らうように隆盛しつつあるのが現代版4-3-3である。この3トップは少し変わっていて、3人のFWを置きつつも、両サイドのウイングの位置に2人のウインガータイプを配置することは稀である。これはひと昔前とウイングの意味合いそものが変化してきていることを表わしている。
 イルレタの4-2-3-1が実質上は4-4-2であるのと同様に、現代版の4-3-3にも数字の並べ方以外の解釈は必要だろう。現代サッカーのウイングの捉え方について、クライフはこう語っている(参照)。


「無理に3トップにしたり、ウイングを2枚置いたりしなくてもいいのです。1人のストライカーと1人のウインガーでも充分です。いろいろなバリエーションが考えられるでしょう」

 発想としては、イルレタの2トップの配置の指向もこの系統に属するだろう。ディエゴ・トリスタンを中央に置いて、スピードによる突破に優れたルケを左のサイドに置く。デポルの場合は右にもビクトールという有能なサイドアタッカーがいるが、チームバランスを考えて彼はルケほど前目に位置取らない。
 そもそもクライフ監督時代のバルサにしても、純粋なウインガーが両翼に存在していたわけではない。ミカエル・ラウドルップとストイチコフ。彼らのうち、生粋のウインガーと言えるのはラウドルップ一人であり、左利きのストイチコフは右サイドに配置され、内に切り込んでシュートを狙うのが主な仕事だった。これも見方によっては、必ずしも3トップとは言えない場合もある。要は、サイドを突破して攻撃するという思想が根本で、それが両サイド同時でなくても構わないということか。これと同じようなことを、トータル・フットボールの創始者リヌス・ミケルスも発言している。


「なぜ形にこだわるのだ。トータルフットボールをするのに3トップでなくてはならないと言った覚えはない。 3トップを採用したのは当時のサッカーにはそれが適していると判断したからだ」

 前述のクライフの言葉と同様の意味合いを含んでいる。自由なスペースの少ない現代フットボールに適した形の新しいウイング像が生まれる必要がありそうだ。サイド攻撃の中心者としてのウイング。後方から攻撃的なサイドバックが駆け上がってくるならば、ウイングの選手は何もドリブラーである必要はないかも知れない。キープ力に優れた、視野の広いテクニシャンの方がより効果的なサイド攻撃を操れる可能性はある。

 クライフ・バルサの得点パターンは、ほとんどがサイドを切り崩した上でグラウンダーのパスを繋ぎシュート、という形だった。1トップのFWは中央に張っているのだが、その選手にしてもヘディングで取るパターンは少なかった。トップを務めるのはロマーリオで、ベンチを暖めるのは長身のフリオ・サリナスだったのだから、狙いがどこにあったかを推し量ることは難しくはないだろう。

 中盤でパスを繋ぎ組み立て、サイドから相手を崩して中央でドンと決める。前線での空中戦に強くない日本代表にも理想として推したいこの形だが、監督がジーコである限りはサイド攻撃の活性化は望めそうにない。中でも、彼の出身国ブラジルは世界でも稀に見る中央突破王国である。ブラジルの伝統的なシステムは4-2-2-2だが、この旧態依然とした縦長のフォーメーションにこそ中央突破の美学が詰まっている。サイドは基本的に、オーバーラップして上がるサイドバックのためのスペースで、そのスペースが作り出せるのも中盤以上の選手が中央に固まっているからである。
 本来、選手が入り乱れている中央付近は、敵陣の守りも厚く堅固で攻めるに難い。それをわざわざ技術でもって突破してやろうというのがブラジル特有の美学なのだが、ブラジル以外の各国がどこもなしえていないことを見ると、それはやはり技術屋大国ブラジルならではの戦術である、と思うほかない。

 サイドへの攻撃がいまだ有効である今日、欧州の各国はサイド突破に得点のチャンスを見出すことを前提に戦術を組み立てている。そのため、左右のスペースを3人のDFで担当するのは難しいと判断し、4バックが用いられることが多くなった。この4バックスタイルをを踏まえて、クライフはウイング的サイド攻撃の解釈についてこうも述べている。


「例えば、4バックにしてミッドフィールダーを4人、ダイヤモンド型に配置します。4人目のミッドフィールダーはストライカーの役割もやらせましょう。ウイングの位置には、中に切れ込む能力を持った選手を置きます。そして反対側に、マーカーを振り切るスピードがあり、良いクロスを入れることができるウインガータイプの選手を使うのです」

 これは4-4-2のシステムの中でのウイング配置を語っているものだが、左右の一方を内に切り込ませて、もう一方を縦に突破させる、というのは彼の監督時代の3トップの両ウイングにさせていた仕事と同じものである。つまり前線にスペースがなくなったことによって、彼の時代には1列目のラインで行なえたことが、現代のサッカーでは2列目のラインで担当せざるをえないということだ。
 
 さて、このアイデアを日本代表に移し変えてみると、4人の中盤はどういう構成になるだろう。ダイヤモンド型のトップには、FW的動きのできる選手、すなわち人に使われることの得意な選手である必要がある。タイプ的には中田英寿よりも、山瀬や奥が近い。左右のウイングは、走力・突破力のある選手と、内に切り込むタイプとの掛け合わせ。右には、仮にFC東京の石川を置くとして、左は内に入る癖のある中村俊輔や三浦淳宏などがこれに相当するか。
 一方、左に突破力のある選手を持ってきたとして、たとえば村井あたりを置いたとすれば、右は中村で決まりだろう。左がアレックスだった場合は、少し難しい。スピード感溢れる突破というよりも、長くボールを持って時間をかけて突破しようとする彼の場合は、縦へ抜ける選手として計算するにはツライものがある。クロスの精度は高くても、上げる頃にはゴール前はガッチリ守られている。

 クライフの提言は常に刺激的だが、これをそのまま当てはめると、日本代表ですら物凄いことになる。ウイングによるサイド攻撃仕様の日本代表のモデルはこうだ。
 4-4-2の2トップは左のタッチライン沿いに玉田、中央に久保。中盤のトップに山瀬、左に中村、右に石川、中盤の底にはペップのような変幻自在の配給を期待して小野か。

 これでは、一体誰が守ると言うのか・・・。点を取る前に一方的に攻め込まれて勝負が決まってしまいそうだ。しかしながら、仮にこれくらい攻撃姿勢の強い布陣だった場合、得点の匂いは今よりはグッと強まるかも知れない。逆に言えば、このくらいの姿勢がなければ点は取れないぞ、ということだろうか。リスキーすぎて甘美的ですらあるが、実現するには監督者の恐ろしいまでの実行力が必要になる。クラブレベルでこれを仕上げ、それをそのままのメンバーで代表に持ち込むしか仕様はなさそうではある。

 昨今の日本代表は、対戦相手がある程度のレベルであっても自分たちでボールを繋ぐことができるようにはなっている。それを楽しめる選手を集めているために、繋げない展開に陥った時間帯はすべてのリズムが崩れるのである。このボールを保持してパスを繋ぐということに関しては、クライフもジーコも口を酸っぱくして主張する共通事項である。オランダ代表の目指すフットボールも、もちろん細かいパスの組み立てから始まるものであるが、最近の調子は思わしくない。これに苦言を呈したクライフの言葉は実に興味深いものだ。


「能力的に劣っている選手は決していませんから、その点は問題ではありません。戦術を変えるだけでもっと良くなるはずです。オランダのフットボールが抱えている大きな問題はバックからのビルドアップです。10回のうち9回は失敗しています。そして中盤の選手たちはお互いの穴を埋めようとしないから反撃されやすくなります。すべて基本的なことです」

 自陣からのビルドアップに四苦八苦して、苦戦する結果となった先の対北朝鮮戦の試合後のジーコの発言もこれと似たような内容に終始していたのは印象的だ(参照)。


「バックラインから中盤を経由してボールを組み立てるのが、ミスが多くてボールが足につかないということが焦りにつながったと思う。縦に大きなボールを入れて、前には高い選手がいるから、それを狙おうというウチのサッカーから逸脱した形を繰り返す。すると直線的なボールは相手に扱いやすいということが起こった。
 それでサイドに振ってみてもボールがグラウンダーの形にならないので、足元がおぼつかなくて功を奏さない。それがまた焦りを増加させてしまった。ただ、自分たちが足元を経由したときは何回かいい形ができていたので、そこでボールを転がせて確実に足元にいくといい形ができるとハーフタイムに指示した」

 あの試合では、後半途中から中村を投入してに日本のリズムが安定し出したのだが、その投入によって中盤の構成に多少の変化が生じた。この日、中盤のトップに位置した小笠原が良い動きをしていたこともあって彼を移動させたくなかったジーコは、中村を普段とは違う(左または右の)サイドに張り出した形で位置取るように指示した。


「後半に関して、中村を投入するにあたってDFをひとり外すことによって(ディフェンスラインを)4枚にして、(中盤を)ボックスにすることで中村は非常に自由に動いていた。相手が中へ絞ってくるのに対して、彼がサイドに流れてボールを支配することによって、小笠原がそれに合わせて動けるようになる。そして福西を少し下げてボランチを一枚にすることで、多少変形だが必ずいいリズムになると思っていた」

 ジーコは試合後にこう語っているが、どこまでが彼の意図したものであるかは定かではない。しかし結果としてクライフの言うところの、サイドにウイングが張り出したダイヤモンド的中盤の形に、偶然にも近付いていたことは確かだ。
 監督ジーコの特徴として、攻めに出る時のスクランブル布陣を突如として採用するというものがある。予想通りのメンバーで試合を始めて、いざピンチになると突然に勝負師的采配を見せたりするのである。ぶっつけ本番の、まさに勘に頼るギャンブル的な選択ではあるが、逆に考えれば、そういう緊急事態でこそ彼本来の攻撃指向が溢れ出るのだと言えなくもない。ただ日本の場合は縦に抜け出せるタイプの選手があまりに少ないので、ダイヤモンド型にしたとしてもサイドからの突破は容易ではないというのが悲しいところだ。

 現代的な新しい解釈のウイング像はまだまだこれから出てくる余地は充分にある。チェルシーにしろ、バルサにしろ、3トップを採用してはいてもそれは2ウイングの形でないことが多い。しかし、両者ともサイドを突破して切り崩すという発想は大前提として存在している。日本の場合もサイド攻撃の重要性は叫ばれることは多いが、それを体現しているチームにはなかなかお目に掛かれないのが現状だ。日本のリーグの総体が日本代表である。Jリーグでの攻防の質が様変わりしない限りは、代表にも本質的には反映されないのである。

 3トップでなくても良い。ウインガーが溢れてくれなくても構わない。しかし、サイドを切り崩すという思想だけはどうにか中心に据えてもらいたいと願う。ブラジル仕込みのサッカーが日本へ入ってくる以前、日本を先導したのは欧州ドイツのフットボールだった。そこにはサイド攻撃重視の思想は濃厚にあった。それに反映するように、日本人ウインガーも多く存在した。
 当時と今とは状況がまったく異なるが、スタイルを求めて彷徨っている様だけは似ている。一貫した目標とその貫徹こそが、お国独自のスタイルを作り出せるのである。それによって文化としても、その姿勢は残るに違いない。どういった形であれ、アジアの日本といえば・・・と世界中のフットボール好きに容易に喚起させうるほどのイメージをどうにか得たいものである。

by meishow | 2005-02-24 14:25 | フットボール


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