名将気取り

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2006年 05月 16日

ジーコの船出

 5月15日、発表されたW杯の日本代表メンバー23人の顔触れに新鮮さは薄かった。何ヶ月も前からジーコの頭に描かれていたであろうメンツが出揃った。
 唯一の例外とすれば巻誠一郎の選出だろうが、これも久保のコンディション不良による繰り上げ当選という意味においては、ポジティブな側面は見受けられない。
 
W杯ドイツ大会 登録メンバー
GK 川口 楢崎 土肥
DF 加地 中澤 宮本 アレックス 田中 坪井 駒野 中田浩二
MF 福西 小野 中村 中田英寿 稲本 遠藤 小笠原  
FW 高原 玉田 柳沢 大黒 巻

 本大会での戦いぶり。ジーコの脳内でいかなるシュミレーションがなされたのか、想像するに余りある人選である。中盤を一人削ってFWを一枚増やした。つまり、松井を切って玉田(あるいは柳沢)を入れた計算になろう。
 中盤は確かに他のポジションに比べて人材が豊富なのかも知れないが、キャラクターが似かより過ぎている。繋ぎ役とパスの出し手しかいないこのバリエーションの少なさに泣きを見る結果に終わらないか。その心配はどうやらジーコの中にはない様子だ。

 各ポジションに2人ずつというテーゼが、中盤においては守られていない。これは4−2−2−2を捨て3−5−2で戦う布石か。否、サイドに流れる傾向の強い玉田、柳沢の召集にジーコがこだわったのは、むしろ4−3−3の流用を試みる目算があるからである。これはジーコ本人も会見で語っている。
 
「大きなポイントとしては、玉田が本来の良さを出してきたということで3トップで戦うことを考えると、彼の動き方、本来の良さを考えると、前で相手を背負ってというよりも左右に流れたり縦への速さであったり、2列目からの飛び出しというところで彼の良さが出る」(ジーコ日本代表監督談/ 参照

 3−5−2にしろ、4−3−3にしろ、中盤は3人で回す公算が高い。となれば、松井や本山のような選手は、中村ではなく玉田らとポジションを争うことになる訳だ。つまり、松井の入る余地はジーコの中ではほとんどなかった。

 中盤以下でボールを繋ぎに繋いで、ドン詰まり。引いてくる相手に対して無策のままタイムオーバーという展開が、W杯本大会で待ち受けていると確信せねばなるまい。それをジーコは望んだのである。

 加茂に前園があったように、岡田・トルシエに森島があったように、ジーコには松井・本山があったが、彼はその駒を敢えて捨てた。確かに前回W杯本大会でも、トルシエは森島を有効的に活用することは遂になかった。しかし、初めから駒を持たないという気概はジーコ以外には持ち得なかったと皮肉に言えるのである。

 攻撃が手詰まりになった時の打開策はない。もはや皆無に等しくなった。スクランブルで中澤を前線に上げて、巻を投入。上背の勝る相手にフィジカル勝負をしかけるという勝算の薄いギャンブルに賭けるほかなくなるだろう。

 これまで、本山は召集されども起用される機会少なく、松井に至ってはわずか数試合のキャップしか刻んでいない。彼らがこれまでの少ない出場機会の中で、ジーコの期待に応えるだけの仕事ぶりを発揮してきたとは言えない。ドリブルでの局面打開を期待されて、果たして打開しえた場面は殊に少ないのである。実際上、彼らがメンバーに選ばれても与えられる時間は数分単位だったろう。

 だが、今のメンツの中で、誰が中村のためにフリーキックを与えることができるのか。敵陣内の深いところでファールを受けて倒れるドリブラーの存在は、詰まるところ中村の左足というほとんど唯一の武器を誘発するための布石である。その不在は中村のフリーキックが沈黙することと同義に近い。

 話を中盤の構成に戻すと、福西・中田英寿・小笠原・中村で決まりつつあったところへ、調子の上がってきた小野が名乗りを挙げ、コンディションによっては福西・小野・中田・中村という具合に小笠原がまたしても弾き出されそうな気配だ。

 しかし、どちらにしろ中盤でボールをこねくり回すだけの見掛け流麗なフットボールのスタイルは変わらない。オーストラリア、クロアチアの2カ国は、多くの時間を引いた状態で戦うだろう。自陣に引きこもってスペースを消し、玉田や柳沢の活きる場所を相殺する。日本はパスの出し手はいても、出す場所がないという事態に容易に陥ることになる。相手のミスに期待するか、相手のカウンター攻撃一発に沈むか。悲しいかな後者の可能性の方により現実味を感じる。

 巻の当選、というより久保の落選は、ある意味ではショックの少ないサプライズだった。すでに久保といえば怪我というイメージが浸透している。たとえ今回彼のコンディションが良好でドイツへ旅立っていたとしても、試合の前日に怪我で離脱という事態は容易に想像することができたのである。つまり関係者にとって久保の離脱というのは、充分に想定内の事項だったと言えるのだ。

 プレースタイルとスケールから考慮して、久保が離脱すれば巻、玉田・柳沢が離脱すれば佐藤寿人が代理当選というのが予想された。巻の当選は、先にも述べたようにポジティブな意味合いはごく薄い。

 無論、調子の劣悪な状態の久保よりも、現在乗っている巻の方が期待はもてるだろう。しかし現チームで巻が出場する場合の状況というのを想像してみよう。それは劣勢の中での途中出場か、大負けした後のジーコやけくそのスタメン投入かというようなものである。どちらにしろ、日本のペースでない時に出てくる可能性しか彼には与えられないのである。巻の活躍とは、つまり日本の苦戦を意味する。

 巻や小笠原の投入、または落選した佐藤や松井・長谷部などの攻撃カードの不在、これらはジーコ日本代表チームを語るにおいて些事に過ぎない。なぜなら、選手交代のタイミングが極端に遅いジーコの、言い換えれば先発メンバーに凄まじいほどの信頼を寄せるジーコの思惑の中では交代カード3枚はそれほど能動的な意味を持たないのである。

 彼が監督である限りは90分の内、80分近くは先発メンバーで戦うことになると考えておいた方が無難だ。となれば、先発メンバーの戦いぶり如何で、すでに九分九厘のところまで勝敗はつく。残りの一厘で勝負をひっくり返すためのカードが交代枠3枚なのだ。つまりは先発の11人が何より重要であって、末端のカードの有無はジーコにとってそれ以上の存在ではない。

 楽観は未だこの国にも残ってはいるが、4年前ほどのお気楽な楽観ではなかろう。オーストラリア・クロアチア・ブラジル。この3カ国に加わって、勝ち点でグループ2位に滑り込むことができるのか。どう贔屓目に見ても、相当に厳しいと言わざるを得ない。

 そもそも、最も経験の浅いオーストラリアにすら、とんと勝てる気がしないのである。彼らの経験が浅いと言ってもそれはW杯での経験であって、選手個々のクラブチームでの経験値では日本の選手達とは比べ物にならないくらいに彼らの方が上だ。しかも、スピードのある左右両サイドを利かせて、鉄壁の守りで相手を誘い込み、蜂のようなカウンターを喰らわせる。

 遅攻の日本にとって、これほど厭な相手もいない。クロアチアにしてもラインを下げてくることが予想される。つまり日本は3戦目のブラジル以外に、殴り合いのフットボールをさせて頂ける相手はいないと言うことだ。1敗1分で迎えたブラジル戦を打ち合いで終え、結果は3戦して1敗2分でグループリーグ敗退。ブラジル戦の善戦だけを称えて、「惜敗!」のオンパレード。想像するだけで眩暈すら覚える展開だ。

 しかし、日本代表もFW陣の経験不足なら負けてはいないのである。高原、玉田、柳沢、大黒、巻。この5人の中でW杯本大会の経験者は柳沢ただ一人。しかも彼は本大会で1点も取ったことがない。後はすべて初舞台での爆発だけを期待される新参者ばかりである。つまるところ、FW5人全員がW杯得点経験ゼロである。

 このFWのメンツより、更に深刻なのがDF陣だ。宮本・中澤のどちらかが欠ければ、あるいは3バックへ移行すれば田中や坪井が控えてはいる。しかし、彼らにしてもW杯初出場であることには変わりがない。つまり日本は経験豊富な守備者を絶対的に欠いている。

 また、中盤のフィルター役にしても福西以外には適任がいない。これはつまり、「1−0」で勝っている試合を逃げ切るための、クローズするための交替守備要員がいないことを意味する。「1−0」の試合は「2−0」にしないことには勝てない。安心できない。これは辛い。新参者のDFにその任は重い。むしろチームが浮き足立つことにすらなりかねない。中田浩二がその適任か。守備の駒としてだけで見るには適役とは言いかねる。

 福西・中田・小笠原・中村の中盤で戦った昨年のコンフェデの対ブラジル戦。ジーコの脳裏にはこの試合の映像が残っているのだろう。本大会でも4バックで行くはずだ。クロアチア戦では裏目に出るかも知れないが、初戦のオーストラリア戦においては、4バックが吉と出そうだ。ワイドに開いてくる相手の3トップに対して3バックでは厳しいからである。左サイドのアレックスの裏は確かに危険だが、3バック時に中澤が中途半端にサイドに引っ張られることの方がより危ない。
 
「あそこまで張られると、どこまで自分が開いていいか、まだ分からない」(中澤・ブルガリア戦後談/参照
「右と左に張っている選手に、誰が付くのかはっきりしなかった」(田中・ブルガリア戦後談/同上)

 サイドに開いた敵ウイングへの対応について、苦慮しているDF陣の言である。今大会の日本のキーマンは紛れもなくDFの中澤である。彼の働きぶり如何で、日本の命運が決まると言っても過言ではない。チームで唯一、外国人選手と競り合いで五分五分にまで持って行ける彼の存在価値は思うより高い。

 彼がサイドにおびき出されて、中には宮本ただ一人という場面を作らないようにすることが第一だが、遅攻の日本が敵のカウンターを喰らう可能性はかなり高い。DFの枚数が足りない内にゴール前まで詰め寄られる事態は考慮に入れておくべきである。オーストラリア戦でアレックスが攻め上がること、すなわち中澤がサイドへ引っ張り込まれることである。自重する勇断を下す判断力はおそらくアレックス本人には期待できないだろう。而して放任主義の指揮官にも的確な指示は期待できない。となれば、頼みは宮本の独断のみか。

 想像は膨らむどころか萎み続けるばかりである。しかしながら、悲観的な要素だけで呟きを終えるのは心苦しい。良い面を探って行こう。

 柳沢が間に合ったのは個人的には朗報だった。現在のFW陣の中で最も経験があり、最も洗練されたフットボール観の持ち主。彼の得点力の無さは、動きの質と周囲への波及効果で採算は取れる。たとえば、中山という最良のパートナーのなくなった高原は点が取れないが、それは中山のように彼の為に敢えて潰れてくれる味方がいないからである。柳沢は動きの中でその中山の代理を兼ねることができる。

 サイドに流れて、両サイドの人数不足を補う。的確なポジショニングでポスト役としてボールを捌く。これだけでも使用価値はすこぶる高い。どの道、誰が出ても点を獲れないのは同じである。ならば、利用範囲の高い柳沢を使わない手はないではなかろうか。

 ジーコ曰く、柳沢の怪我が時間のかかる筋肉系の故障ではなく、骨折だったことが柳沢召集の大きな理由となったらしいが、ともかくジーコの選択が吉と出るか凶と出るかは柳沢の体調がどれだけ戻るかによる。あと4週間で戻りきるか。久保は4週間での回復を危惧され、柳沢は逆に期待された。あとは、高原の4年前の病が直前の移動で再発しないことを願うばかりである。

 大きな大会にはラッキーボーイが不可欠だが、今回のメンバーでは誰がそれに成り得るだろう。得点を考えるとそれはFWの選手であって欲しいが、5人のFWの内、玉田は先のアジアカップで、大黒は昨年のアジア最終予選ですでにラッキーボーイとしての役割を終えている。柳沢と高原には、もはや主力としての働きぶりを期待するほかなく、逆に彼らがラッキーボーイになるようでは不安この上ない。

 要するに、巻しかいない訳である。1点でも2点でも構わない。勝負を決定づける一発を何度打ち込めるか。それだけを期待する。ラッキーボーイの出現無くして、日本の進撃はない。無論、巻の他誰でも良いのだが。願わくばGK以外で頼みたい。

 中村の左足と技術は、W杯でも水準を軽く凌駕する。中田英寿も福西も彼の活躍を助長するだろう。福西がコンディションを落とさない限り、中盤の崩壊は寸でのところで免れる。3トップに以降した後の前線の陣容は気になるが、逃げ切りの策が使えない日本には他の選択肢はない。攻めて、攻めて、攻める。ただ攻めさせられて終わるかも知れないが、それがジーコの選ぶ道であり、結果として川淵会長が選んだ道なのだ。

 今回のメンバーには闘莉王もいなければ阿部もいない。松井も徳永も大久保もいない。アテネ経由ドイツ行きという謡い文句は、所詮は耳障りの良い鼻唄に過ぎなかった。現A代表の面々から2010年のW杯の中心を託せる人材がまったく見出せないのは気掛かりである。現在の代表メンバーの多くは世代的な偏りもあっただろうが、どちらにしてもトルシエによって栽培された苗が育った結果であろう。ジーコの植えた苗は、4年後に主力となる世代ではない。

 言わば、刈り入れ時をジーコに託した訳で、今回収穫に失敗すれば負の遺産だけが残り、それを今後数年に渡って背負い込むことになるのである。国民にその自覚はどこまであるのか。それを認識してなお、ジーコの戦いぶりに楽観的なエールだけを送る気楽さは探し出せない。

 当のジーコは半ば以上、本気で優勝を口にしている。あくまでも優勝が目標であると、こんなことを公言し得る日本代表監督など、おそらくこの後数十年は出てこないだろう。皮肉な意味で、彼は誠に希有な人材であることは違いない。恐らくは3戦全敗しても微塵の悲壮感も見せないと思われる。それがジーコの一面での潔さなのではあるが

 そもそもジーコが今さら小国・日本の代表監督になったとて、彼には一分の得もない。失うものしかないと言い切っても良いだろう。それを受諾した彼は、世捨て人の如くにその任に就いてきた。4年という日々は短くはなかった。60数試合を経てなお、戦い方の定まらない代表チームを、日本人すらが疑うほどに信頼しきっている。その妄信に、乗っかってみようかと日本人がさも思いかけそうな状況に来てさえいる。モーゼの如く、ジーコはW杯を切り開いて見せるか。人智を超越した先導者となって頂くしかすでに道がないのだろうか。

 ともかくも、厳しい表情のまま押し切った記者会見をもってジーコは船出した。先に待つのはグループリーグの3試合のみか。彼の目指す決勝までの7試合か。「あのジーコのチーム」という眼で見られるある意味での偏見。この種の偏見は今後そうそう日本には向けられないであろう希有な目線であることを、国民は自覚すべきである。

 先導者ジーコに付き従うスタメン11人とその仲間達。放任放置主義の先導者に付き従い、結果を出すことすら放任された彼らは、自らで結果という身をたぐり寄せることが出来得るのか否か。

 本番まであと4週間。テストマッチはドイツ戦とマルタ戦の2試合のみ。すでにジーコが公言していたように、柳沢はまずここで試される。ドイツ戦で教訓を、マルタ戦で自信を得る、が協会のプランだろうが、今は試合より合宿で互いの意識の距離を縮めることこそ先決である。コンビネーションは日本の生命線。勝ち負けは本番まで預けて、ジーコの視線の先に縋るしかない。望んだ状況では決してないが、すでに船は出されたのである。後はただ晴天を祈るばかりだ。
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by meishow | 2006-05-16 21:10 | フットボール


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