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2005年 03月 10日

Jクラブ名に見る世界基準

 昨今世間を賑わせ、かつ失笑を誘った南セントレア市論争だが、やはり市町村の正式名称は母国語であるべきだという共通認識は存在していた。それは愛国心などという大それた意味からではなく、ただその方がわかりやすいというだけの理由による。
 仮に日本の官庁省がアメリカを模して、たとえば防衛庁を『防衛ペンタゴン庁』と称したらどう思われるか。もはや失笑を通り越して憫笑というところだろう。とかく外来語を正式名称に無闇に使うと不恰好になるケースが多い。

 これと同じことをJリーグのクラブチームは当然のように行なっている。それを改めて認識する時期にきているだろう。Jリーグのチーム名には、必ずと言っていいほど意味不明なカタカナが付随している。その例外は、J1J2の中で実にFC東京横浜FCの2チームに過ぎない。しかも、カタカナ部分の多くは外来語をアレンジした造語である。その由来に関してはJリーグ公式HPのクラブガイドに詳しい(参照)。


コンサドーレ札幌
どさんこの逆さ読みに、ラテン語の響きをもつオーレを付けたもの」

ベガルタ仙台
「全国的にも有名な仙台七夕をその由来とし、七夕の織り姫べガと彦星アルタイルが出会うという伝説から合体名を制作」

読売ヴェルディ1969
「ポルトガル語でを意味するVERDEから生まれた造語」

清水エスパルス
「S-PULSEのSは『サッカー・清水・静岡』の頭文字を取ったもの。PULSEは英語で心臓の鼓動の意味」

ヴィッセル神戸
VISSELは英語のVICTORY(勝利)VESSEL(船)から生まれた造語」

サンフレッチェ広島
SANFRECCEは日本語のとイタリア語のフレッチェ(矢)を合わせたもので、広島に縁の深い戦国武将・毛利元就の故事に由来し、三本の矢を意味」

 このように造語のオンパレードである。もはや単語として聞いただけでは意味もわからないレベルだ。第一、説明を受けなければ意味もわからないような愛称が、本来は愛称であるはずはないのである。これら造語型の他には、外来語の直訳というパターンもある。


鹿島アントラーズ
ANTLERは英語で鹿の枝角の意味。鹿島神宮の鹿にちなみ、枝角は茨城県の茨をイメージしたもの」

横浜Fマリノス
MARINOSとは、スペイン語で船乗りのこと」

ガンバ大阪
GAMBAはイタリア語での意味。また、ガンバという響きは日本語の頑張るにも通じる」

セレッソ大阪
CEREZOは、スペイン語で大阪市の花であるの意味」

 ここで注目すべき点は、Jリーグの規約には『クラブの正式名称にカタカナを使わなければならない』という項目があるわけではないということだ(参照)。


チーム名
 Jリーグが目指す「地域に根差したスポーツクラブ」とは、市民・行政・企業が三位一体となった支援体制をもち、その町のコミュニティとして発展していくクラブをいいます。チームの呼称を「地域名+愛称」としているのは、「地域に根差したスポーツクラブ」としての存在を示すもので、日本サッカーリーグ時代のように、チーム名に企業名を入れてしまうと、どうしても企業イメージが強くなり、ファンが限られてしまうという危惧があります。また、企業のクラブというイメージになってしまい、自治体との協力体制や市民参加が得にくいという事実もあるからなのです。

 この『地域名+愛称』というくくりが今ひとつ掴みかねるが、どちらにしてもカタカナ表記でなければならないという縛りはない。FC東京の場合は、FCの部分が愛称に当たるのだろうか。仮にFCでも愛称として認められているのだとすれば、無理に造語で意味不明なカナカナ文字を付ける必要は一切なくなる。
 本来、愛称というものはファンの間から自然発生的に生まれてくるものであって、最初からチームの正式名称の中に付随させるのは不自然である。
 海外のクラブを見渡してみても同様だ。ウェストハム・ユナイテッドの『ハンマーズ』や、アーセナルの『ガンナーズ』などの愛称も、クラブのエンブレムの図柄が由来であって、アーセナルの正式名称が『アーセナル・ガンナーズ』ではない。

 もし仮に、サンフレッチェ広島が正式名を広島FCという名称だったとして、サポーターの間で自然発生的にサンフレッチェという造語が生まれてくるだろうか。エンブレムの図柄から『三本の矢』は連想させうるかも知れない。しかしそれでも三矢団というような愛称が生まれることはあっても、誰もがサンフレッチェと呼び始めるような事態は想像もできない。

 フットボールクラブの名称に関して、地名が由来というのはごく一般的である。その多くは正式名にFCSCが付随している。これはフットボールクラブ(FC)・スポーツクラブ(SC)の略で、要するに運動組織団体だということを表している。バルセロナを代表するふたつのクラブは、FCバルセロナとエスパニョールだが、バルセロナの方はその街の名を冠し、エスパニョールはスペイン人という意味の名で、スペイン全体を取ったという按配だ。
 スペインのクラブによく見られるレアルというのは『王室の』という意味の言葉で、王家御用達というほどの名誉的な意味合いが強い。レアル・マドリッドやレアル・ソシエダードが有名だが、他にもベティス、マジョルカ、サラゴサ、デポルティポなどにもレアルの名が冠されている。

 クラブの正式名に外来語が含まれることはごく稀だが、アスレティック・ビルバオだけは例外である。その正式名称は『アスレティック・クラブ・デ・ビルバオ』。その名には鍛錬を表わすアスレティックという英語が混じっている。バスクの古豪にして誇り高きかのクラブ名に外来語が混入しているのは意外な気もするが、これは19世紀にバスク地方へ入ったイギリス人がスペインで初のフットボールクラブ(ビルバオ)を創設し、それがスペインのフットボールの起源となったことに由来する。元来、独立精神が旺盛でスペインの中央政権へ対する対抗心の強いバスクのこと、その名に外来語を冠するのもその対抗心の顕れであると取れば、これはこれで充分に根拠のあるオリジナリティである。
 ちなみに、同じような名前を持つアトレティコ・マドリッドの方は、正式名『アトレティコ・クラブ・デ・マドリッド』。アトレティコはアスレティックのスペイン語版である。
 
 さて、なぜ清水エスパルスやジュビロ磐田が、FC清水・磐田SCではいけないのか。まず地名を冠することで地域への密着度はアピールできる。しかし、ジュビロという言葉が愛着を湧かせていると言えるだろうか。
 すでにJリーグがスタートをして10年余を経た。無論のこと、コアなサポーターであればジュビロという愛称にも愛着を抱くことができていることだろう。しかし、それは本当の意味での愛称ではない。上から与えられ無理矢理に呼び慣らされた言葉を、普通は愛称とは呼ばない。

 そもそも、日本リーグ時代は企業名を冠する名前が一般的だった。Jリーグ創設という変革期の狭間で、その時代のコアなサポーターは唐突に今までの名称を捨てさせられ、聞き慣れぬ意味不明な新名称を与えられ、ついまりはその名を強要されたのである。これは日本のサッカー界において前代未聞の大革命であったと言える。それまでの企業の宣伝を目的とした経営方針ではスポーツの純粋な育成はできない、という堅い信念のもとにそれを断行し貫徹した初期Jリーグの首脳には賞賛を惜しまないが、愛称の件はやはり無理があったと言わざるをえない。

 しかし初期の段階のこと、裾野の狭さに対する怖れもあったろうし、第一に馴染みのない人々にサッカークラブの存在をアピールしなければならないという焦りもあったのだろう。認知度の低さで人も集まらず、なんとか突飛な名前でアピールしようとする当時の姿は、南セントレア市で揺れた愛知県の市町村の様子とかぶる。それで絞り出した数々の名は、双方まるで同じような滑稽さではないか。

 それに関して思うところのあるサポーターの数はもはや少数ではない。10数年を経て、サポーターも同様に熟成しつつある今日、海外のフットボール事情に造詣の深い人もすでに多い。彼らが日本のリーグを眺める時、その不自然さ、滑稽さに目の行かないはずがないのである。
 そのことを協会は認識すべきであるし、考慮すべき時期にきていると言える。始まって10数年とは言っても、Jリーグは100年構想である。最初の10年に引きずられる必要もない。愛称を廃するするという改革は、Jリーグ創設時の革命に伴った困難の比ではない。読売クラブを愛していた人々から『読売』の名を奪ったあの日に比べれば、東京ヴェルディ1969のヴェルディを排除するのに何の躊躇があろうか。

 もし地域性を重視し、それを以って密着し人々の愛着を促し、他へのアピールをも期待するのならば、意味不明の造語や外来語の助けは不必要である。清水エスパルスがサッカーどころのその地域性を推すとするなら、その名称はFC清水で充分に伝わるはずだ。その方が清水市出身の選手も愛着が抱きやすいし、サポーター以外の人々へも清水市を代表するクラブである、という第一義は伝わる。それこそがホームタウンに暮らす人々への自然なアピールではないのか。馴染みというものは、無理矢理な押し付けで与えられるものではなく、そういうところから発生するものであるはずだ。


FC東京
「都民各層から幅広くサポートされる『都民のためのJクラブ』を目指す観点から、ホームタウン名東京を入れた、シンプルで誰にもわかりやすく、馴染めるものとした」

横浜FC
「地域に密着したクラブ作りをめざすため、覚えやすいネーミングに。また、心地よい響きとなるにちがいないと考え命名」

 先に挙げた造語の例とは雲泥の差である。このシンプルさこそ、スマートな馴染みやすさであると言えるし、第一に押し付けがましくない。
 手段のひとつとしては、地名と共に方言やその土地を代表する名を取り込むのもありだろう。しかし、それは何も外来語風にカスタマイズする必要はない。コンサドーレが道産子を表わすのなら、そのまま札幌・道産子FCにすればいいのである。それが恰好悪いといって外来語風にするのは、本末転倒だ。道産子が恰好悪いと思うのならば、推さなければいいのである。そもそも、外来語風に仕立てれば見映えが良くなるという幻想を排除することが先決かも知れない。


大分トリニータ
「クラブ運営の3本柱である県民・企業・行政を表す三位一体(Trinity英語)に、ホームタウンの大分を加えた造語」

 大分のこの理念は、そのままJリーグの基本理念にも通じる。まったく方向性は間違っていないし、むしろ称賛されるべきだが、なぜ三位一体を英語で表わさなければならないのかが疑問である。Trinityの意味を解さない人には、その理念も伝わらないのだ。これほど不自然なことはない。本当にその意味を伝えたいのであれば、大分・三位一体FCとでも命名すべきであり、安易な造語で誤魔化すべきではない。
 しかし、大分の場合はエンブレムの図柄にも三位一体の主張は入っている。愛称の方はコアなサポーターに任せて、その自然な発生を待ってはどうか。その上で愛称がトリニータとなるなら問題ないわけで、初めからそれを制定するのは不自然に過ぎる。

 だがこれは何もサッカー界だけの問題ではないのかも知れず、元来ネーミングに関してはベタな表現の多いアメリカの影響は大きいと見られるし、日本の野球界のチーム名もその風習によっていることは否めない。サッカーという呼び名も、世界的にはアメリカやオーストラリアや日本といったごく限られた圏内でしか使用されていないのである。やはりアメリカ文化圏の影響は否定しきれないだろう。
 もし仮に、ラグビー界にもサッカーのJリーグのような理念の団体組織が創設したとすれば、かの名門・神戸製鋼のラグビー部は、もしかすると『神戸アイアンズ』というような不恰好な名称に成り下がるのかも知れない。

 しかしながら、これは日本に限った話ではないようだ。アメリカ文化圏の同胞である隣国・韓国にしても、問題は同様だ。企業名が入っている点を考慮しても、全南ドラゴンズ、浦項スティーラーズ、安養LGチータース、水原三星ブルーウィングスなど錚々たる名称が並んでいる。富川SKFCを除いて、名称の外来語による違和感は日本のそれと変わらないと言える。
 もしかすると、アジア人は基本的に外来語に憧れてしまう素質でもあるのだろうか。愛国心よりももっと浅い意味で、自国の言葉にスタイリッシュさを感じづらいというその偏りのある見方を改めることがまず必要だろう。

 しかし、現行のJリーグクラブのカタカナ名は、率直に言って不恰好だと断言できる。一方的に与えられ強要されたそれを、無意識に受け入れて応援するサポーターばかりでもあるまい。そのことを強く認識し、違和感を感じている人も少なくないはずだ。コアでないファンなら尚更である。

 少なくともJリーグは、日本人の海外フットボール愛好家たちに、その点からして冷めた目で見られていることを悟るべきである。とはいえ、Jリーグはまだ100年構想の最初の10年が終わったばかり。海外には創設100年を数えるクラブはザラにある。今から90年後に、Jの各クラブが彼らと同じだけの伝統を持ちえているだろうことを期待するが、現時点では10年間やってきた制度を無闇やたらに絶対視する必要はない。

 毎シーズン開幕前に発表されるJ各クラブのスローガンも、なぜかほとんどが英文である。かの監督たちが普段から選手たちに英語で指示しているのかどうか知らないが、スローガンの横に対訳を付けてまで外来語にこだわるのは謎だ。日本語では表わしにくい表現が英文でなら可能だからだろうか。ならば、毎試合終了後の記者会見の談話も英語で統一して欲しいものだ。

 まずはネーミングのダサさに気付くことだが、Jリーグ首脳のオジサン方はそれを指摘されてもピンとこない可能性は高い。やはり若い世相の意識、またコアなサポーターの意識から変わらなくては進まないという気がする。
 たかがクラブ名の問題だが、世界基準というハードルはそのあたりにも隠されている。世界へアピールするのは強さばかりではない。クラブの姿勢そのものも問われるし、名称を含めた外面的な要素も重要だろう。何よりスタイリッシュでスマートなネーミングの方が、より応援したくなるというものだ。
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by meishow | 2005-03-10 18:16 | フットボール


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