2006年 06月 15日

空漠の第1戦

 日本のW杯初戦は見事に完敗した。オーストラリアに勝つことは予想しづらかったのは確かだが、終了間際の3失点で逆転負けという構図はあまりに滑稽だった(参照)。各選手のコンディションが低調でなかっただけに悔やまれる敗戦である。

 日本の布陣は中村を2列目に配した3−4−1−2。対するオーストラリアはキューウェルが先発で左アウトサイドに入った3−4−3に近い変形型の3−4−1−2で、思ったよりロングボール一辺倒ではなかった。

 ヒディングの狙いは日本のFW陣を抑えるのではなく、中盤のパスの出所を塞ぐことに集約された。つまり中村と中田英寿を完封することである。布陣的に中盤センターが3人になっていたことで、抑え込むこと自体は難しくは無かったようだ。
 中田は自ら敵を引き付けて下がり目に位置してはいたが、実質的に攻撃面での貢献度は限定的に相殺された。その分、中村は自由に動ける時間帯を持ち得たのだが、決定的な場面は演出しきれずに終わった。

 柳沢・高原の2トップはこの日、間違いなく絶好調で考えられる最高の出来に近かったと言える。動きの質は申し分なく、コンビネーションも完璧とも言える精度を見せた。
 確かに得点はできなかった。FWとしてそれが評価基準の総てではあるが、日頃から高い決定力が売りの人材ではないFWを2人並べて、点が獲れなかったからとなじるのはどうか。彼らはチャンスメイカーであって、インザーギやシェフチェンコ、クローゼのような点取り屋ではない。

 ジーコの狙いはどうか。生粋の負けず嫌いジーコは、現チームでは手堅いと考えられる3バックで初戦に臨んだ。勝ちに行くと言うより、絶対に負けないことに力点を置いた布陣である。オーストラリアにはこれで勝ち点を計算できると考えたのであろう。その意味では後半40分まで彼の狙い通りに試合は運んだ。

 あの先制点は決して日本が自力で得た得点ではないとは言え、失点以降のオーストラリアが攻めに出なければならないことには変わりがなく、日本にとっては願ったり叶ったりの好状況になった。オーストラリアのラインが上がれば、日本のFW陣のスピードが活かせるスペースができる。何回かカウンターでチャンスを作り出せば、その内数度は決定機を創出できるはずだった。

 事実、日本は幾度かの決定機を作り出したのである。そのすべてを不意にしたことが、敗戦の直接的にして唯一の原因である。のちの失策その他は汚点のおまけに過ぎない。

「リードしている間にカウンターから何回かチャンスがあった。中央からの突破もあったし、サイドからの突破もあった。教訓として思っていたことだが、そこでしっかり決めないといけない。鉄則だ。オーストラリアが3トップにしてパワープレーに持ち込んできて、こぼれ球を拾われて2点を失った。オーストラリアが3トップにした時点から、(オーストラリアの)後ろ(の守備)が薄くなっているのは確実。あそこで追加点を取っておけばこういう結果にならなかった」(ジーコ日本代表監督・試合後会見/参照

 カウンターを喰らって、ヒディングは相当に焦っていた。オーストラリアが後半途中から長身FWケネディを投入し、パワープレーに切り替えたことで神頼み的なギャンブルに出たとも言える。つまり、ゲームを作ることを捨てて、点を入れることのみに頭を切り替えたのである。

 結果的に日本に対する攻略法として、ロングボールの放り込みによるパワープレーほど効果的なものはなかった。徐々に日本守備陣はラインを下げざるを得なくなった。福西一人ではこぼれ球を拾えなくなってきた時間帯に、新たな選手を投入するとすればいくつかの選択肢があった。
 まずは、疲労した福西の交替。または稲本や中田浩二ら中盤の底をこなせる選手を福西と並べて配置する方策。しかし、ジーコの考えは違った。こぼれ球を拾って大きくクリアするだけの逃げ切り工作ではなく、もっと効果的にボールを繋いで支配率を高め、果てはそのゲームメイク作業の延長線上に得点を期待するという攻撃的なカードを選択した。後半34分、小野の投入である。

 柳沢に替えて小野を入れたことで、中田英寿が2列目に上がり3−4−2−1へとシフトチェンジした。これがこの試合の分水嶺となった。動きの良かった柳沢を替えたことで、最前線に置ける敵陣でのプレス効果が激減し、パスの出し所が高原一人になったことでコースが限定的になった。
 しかも高原がマークを嫌って左右のサイドに流れることで、実質的には1トップどころか0トップと化し、2列目以下の中盤の選手が長い距離を駆け上がって前線に飛び出すしか攻撃方法がなくなってしまった。

 中盤の選手構成の中で、フリーランニングでの機動性を期待できるのは福西ただ一人。松井や本山ら機動力に優れた選手を切ってしまったジーコには、選択肢そのものが少なかったと言えるのだが、それでもジーコが期待した小野の展開から、福西が一度決定的な場面を作った。あれを決めていれば、ジーコの采配は、神の英断と崇められたであろう。思う壷の場面だった。しかし、無情にもゴールには見放された。

 スタミナのない中、疲弊した身体に鞭打って長い距離をランニングしてきた福西のシュートミスを切り捨てるように言い咎めるのは酷だろう。事実、彼は疲労困憊だった。直後のオーストラリアの2点目の場面で、福西はケーヒルのプレーを淡々と歩きながら見守っていたが、完全にガス欠になっていた彼を責めることはできない。彼を替えなかったのは、監督であるジーコの決断なのだ。

 ジーコはまさかスタミナの消耗を知らなかった訳ではあるまい。知っていてなお、攻撃のカードを切ったのである。無論、スピードに優れた玉田であるとか、小野よりは機動性に期待できる小笠原であるとか、他の選択肢もあるにはあった。しかしながら、小野の投入がたとえ中途半端な影響しか与えられなかったとしても、ジーコの内心は守備より攻撃に重心が傾いていたことは確かである。彼は中途半端なカードで勝負出て、そして高らかに大負けした。

 同点にされた際に、選手の動揺はこれまでになく大きかった。ジーコからは何意思表示もないまま、小野の投入から、選手個々が指揮官の思惑を推し量るしかなかった。とりあえずは、引き分けで終えるのではなく攻めるのだろうと、おぼろげながら想像したに相違ない。

「(中澤から)下がって来なくていい、前でやってくれと言われた。守りの選手も点が欲しかったのでしょう」(小野・談/参照

 福西だけを中盤の底に残し、小野が攻撃思考で前線を眺めている間、オーストラリアは3枚目のカードも切り、徹底的にロングボールからのこぼれ球拾いに徹した。人数が足りないのだから拾いに拾われる。揚げ句の3失点で反撃の息の根は止められた。

 守ってきた虎の子の1点を、オーストラリアに追い付かれた同点のシーン。天を仰ぎ、現実を受け入れられないかのような選手たちの表情は、あたかも8年前のフランス大会でのクロアチア戦での失点シーンを思い浮かばせた。失点で慌てる、または集中が切れる、諦める、つまりは意識を切り替えられないという日本人選手のメンタリティは何も変化していない。8年の歳月では、ナイーブさという弱点は何一つ改善されてはいなかった。

 ただ、何よりもまず忘れてはならないのは、今回のオーストラリア戦はジーコにとって監督として戦う初めてのW杯であったということだ。無論、ジーコは選手として燦然たるキャリアを持っている。フランス大会でもブラジル代表チームに帯同し、決勝まで駒を進めた。しかし、全責任を負って自らで決断する立場で迎えるW杯は今回が初である。つまりは前回大会のトルシエ以下、または前々回大会の岡田武史と同等の経験の無さである。そんなジーコでW杯を戦えると踏んだのは日本サッカー協会であり、それらを受け入れてきたのは日本国民である。ジーコが悪い訳ではない。どんな監督でも、初のW杯は初陣に過ぎないのである。

 しかしこのオーストラリア戦の敗戦は、事実上、日本のグループリーグ敗退を決定づける意味合いを相当に含んでいる。唯一、勝ち星の計算できる相手に3失点しての敗戦は痛過ぎる。

 最も悔しがっているであろうジーコは、昨年のコンフェデ杯の再現を狙ってクロアチア戦に燃えている。コンフェデでは、初戦のメキシコ戦に負けて、2戦目のギリシャ戦を4バックで勝ち、続くブラジルとの3戦目を「2−2」で引き分けた(参照)。あの再現を狙っていると言うのだ。

 ギリシャに勝ったようにクロアチアに勝ち、同じくブラジルと引き分けに持ち込む。ここから巻き返して再現できるとすれば、かなりのものだが、しかしコンフェデでは1勝1敗1分でグループリーグは敗退しているのである。それを再現してどうする。

 先制しても勝ちきることのできない3流国である日本は、すでに世界を驚かせたはずだ。今大会、先制して逆転負けを喫したのは日本が初。ジーコが驚かせたかったのは、もちろんこんな無様な醜態で、ではあるまい。

 しかし逆に考えれば、オーストラリア戦をあのまま「1−0」で勝ちきり、安穏したまま第2戦目を迎えるよりは良かったかも知れない。あの得点を自分たちでもぎ取ったものであると誤解して、変に油断してクロアチアと戦い惨敗を喫するよりはマシかとも思えるのだ。2戦目で大敗した後の修正は殊に難しかろう。

 どちらにしても、初戦のオーストラリア戦に関しては、よほどの楽天家でもない限り日本が勝利するとは考えていなかったと思われる。良くて引き分け、初戦での黒星も予想の範疇に充分あったはずだ。
 あの1得点は明らかにミスジャッジであり、あの得点を無効にされたとしても何ら不思議はない。むしろ駒野が倒れた場面でのPKを見過ごされた方に日本人は抗議すべきであるのだ。

 ジーコは無策の男だが、この期に及んで無策でいられる神経は尋常ではない。あの得点は僥倖以外の何物でもないが、もしかすると神からの贈り物であったのかも知れない。ジーコゆえの贈り物、だからこその敗戦か。

 しかしながら、ジーコであるからこそまだ諦めるのは早いとも思えるのだ。ジーコ麾下の日本代表チームは開き直ってこそ、無欲の底力を発揮してきた。今以上の土壇場は他にない。お誂え向きの場面設定になったと言える。とにかくもその状況こそ皮肉だが、このチームはジーコに始まりジーコに終わるチームである。

 3−4−1−2で臨んだ初戦は、中盤で流麗なパス回しを披露しきれた訳ではなかった。強みである中盤の器用さをまったく出せずに負けた。次戦は小笠原を入れた4−2−2−2で戦う公算が高い。パス回しにおいては、1戦目より余程期待はできるだろう。

 2列目にドリブラーのいない日本は、唯一の武器である中村のフリーキックを活かせない。初戦でも中村の左足を活かせる位置でファウルを取りきれなかった。2戦目以降も取れる場面は極めて少ないと見る。となれば、ミドルシュートからのこぼれ球を拾う他に手がない。小笠原のミドルはその意味で重要な武器であると言える。彼が得点しなくてもチャンスを生み出す可能性があるということだ。

 グループリーグでは試合の中身は問われない。重要なのは如何に勝ち点を得るかである。グループリーグを突破できなければ、何のための4年間であったのか。何故にジーコでなければならなかったのかも見えてこない。

 ここ数十年ないと言われるほど世代的に中盤に才能の集まったチームだが、若かった彼らも軒並み年を重ねた。次のW杯で何人が残っていようか。しかも次大会以降はオーストラリアがアジア枠に食い込んでくる。日本がW杯出場を逃す可能性も高くなるだろう。

 つまり、日本は現代表チームで結果を残しておかねばならない。今回それが叶わなければ今後10年、何も残せない怖れすらあるのである。トルシエが掘り上げた種は育ちきった時分だ。収穫の時は今をおいて他にない。その可能性をジーコは知っており、また本人も信じきっているが、国民はその可能性と共に、今回何も結果を残せなかった場合の怖れを果たして感じきれているかどうか。

 今のチームに若い選手は絶望的なまでに少ない。次大会以降へ繋がる線路は完全に断たれていることは自覚すべきである。それだけの危険と怖れを知った上で、今大会の成績や戦いぶりを見る必要がある。収穫の時に収穫できなければ、飢えることになるのは必然だろう。空漠とも言える第1戦目を終えて、2戦目への期待と怖れは小さな物ではあり得まい。

 気合いの抜けた3戦目のブラジルと好勝負を演じ、終わってみれば1敗2分。そのように自堕落な結末を、予想の通りに進めてもらっては困るのである。
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# by meishow | 2006-06-15 01:05 | フットボール
2006年 05月 16日

ジーコの船出

 5月15日、発表されたW杯の日本代表メンバー23人の顔触れに新鮮さは薄かった。何ヶ月も前からジーコの頭に描かれていたであろうメンツが出揃った。
 唯一の例外とすれば巻誠一郎の選出だろうが、これも久保のコンディション不良による繰り上げ当選という意味においては、ポジティブな側面は見受けられない。
 
W杯ドイツ大会 登録メンバー
GK 川口 楢崎 土肥
DF 加地 中澤 宮本 アレックス 田中 坪井 駒野 中田浩二
MF 福西 小野 中村 中田英寿 稲本 遠藤 小笠原  
FW 高原 玉田 柳沢 大黒 巻

 本大会での戦いぶり。ジーコの脳内でいかなるシュミレーションがなされたのか、想像するに余りある人選である。中盤を一人削ってFWを一枚増やした。つまり、松井を切って玉田(あるいは柳沢)を入れた計算になろう。
 中盤は確かに他のポジションに比べて人材が豊富なのかも知れないが、キャラクターが似かより過ぎている。繋ぎ役とパスの出し手しかいないこのバリエーションの少なさに泣きを見る結果に終わらないか。その心配はどうやらジーコの中にはない様子だ。

 各ポジションに2人ずつというテーゼが、中盤においては守られていない。これは4−2−2−2を捨て3−5−2で戦う布石か。否、サイドに流れる傾向の強い玉田、柳沢の召集にジーコがこだわったのは、むしろ4−3−3の流用を試みる目算があるからである。これはジーコ本人も会見で語っている。
 
「大きなポイントとしては、玉田が本来の良さを出してきたということで3トップで戦うことを考えると、彼の動き方、本来の良さを考えると、前で相手を背負ってというよりも左右に流れたり縦への速さであったり、2列目からの飛び出しというところで彼の良さが出る」(ジーコ日本代表監督談/ 参照

 3−5−2にしろ、4−3−3にしろ、中盤は3人で回す公算が高い。となれば、松井や本山のような選手は、中村ではなく玉田らとポジションを争うことになる訳だ。つまり、松井の入る余地はジーコの中ではほとんどなかった。

 中盤以下でボールを繋ぎに繋いで、ドン詰まり。引いてくる相手に対して無策のままタイムオーバーという展開が、W杯本大会で待ち受けていると確信せねばなるまい。それをジーコは望んだのである。

 加茂に前園があったように、岡田・トルシエに森島があったように、ジーコには松井・本山があったが、彼はその駒を敢えて捨てた。確かに前回W杯本大会でも、トルシエは森島を有効的に活用することは遂になかった。しかし、初めから駒を持たないという気概はジーコ以外には持ち得なかったと皮肉に言えるのである。

 攻撃が手詰まりになった時の打開策はない。もはや皆無に等しくなった。スクランブルで中澤を前線に上げて、巻を投入。上背の勝る相手にフィジカル勝負をしかけるという勝算の薄いギャンブルに賭けるほかなくなるだろう。

 これまで、本山は召集されども起用される機会少なく、松井に至ってはわずか数試合のキャップしか刻んでいない。彼らがこれまでの少ない出場機会の中で、ジーコの期待に応えるだけの仕事ぶりを発揮してきたとは言えない。ドリブルでの局面打開を期待されて、果たして打開しえた場面は殊に少ないのである。実際上、彼らがメンバーに選ばれても与えられる時間は数分単位だったろう。

 だが、今のメンツの中で、誰が中村のためにフリーキックを与えることができるのか。敵陣内の深いところでファールを受けて倒れるドリブラーの存在は、詰まるところ中村の左足というほとんど唯一の武器を誘発するための布石である。その不在は中村のフリーキックが沈黙することと同義に近い。

 話を中盤の構成に戻すと、福西・中田英寿・小笠原・中村で決まりつつあったところへ、調子の上がってきた小野が名乗りを挙げ、コンディションによっては福西・小野・中田・中村という具合に小笠原がまたしても弾き出されそうな気配だ。

 しかし、どちらにしろ中盤でボールをこねくり回すだけの見掛け流麗なフットボールのスタイルは変わらない。オーストラリア、クロアチアの2カ国は、多くの時間を引いた状態で戦うだろう。自陣に引きこもってスペースを消し、玉田や柳沢の活きる場所を相殺する。日本はパスの出し手はいても、出す場所がないという事態に容易に陥ることになる。相手のミスに期待するか、相手のカウンター攻撃一発に沈むか。悲しいかな後者の可能性の方により現実味を感じる。

 巻の当選、というより久保の落選は、ある意味ではショックの少ないサプライズだった。すでに久保といえば怪我というイメージが浸透している。たとえ今回彼のコンディションが良好でドイツへ旅立っていたとしても、試合の前日に怪我で離脱という事態は容易に想像することができたのである。つまり関係者にとって久保の離脱というのは、充分に想定内の事項だったと言えるのだ。

 プレースタイルとスケールから考慮して、久保が離脱すれば巻、玉田・柳沢が離脱すれば佐藤寿人が代理当選というのが予想された。巻の当選は、先にも述べたようにポジティブな意味合いはごく薄い。

 無論、調子の劣悪な状態の久保よりも、現在乗っている巻の方が期待はもてるだろう。しかし現チームで巻が出場する場合の状況というのを想像してみよう。それは劣勢の中での途中出場か、大負けした後のジーコやけくそのスタメン投入かというようなものである。どちらにしろ、日本のペースでない時に出てくる可能性しか彼には与えられないのである。巻の活躍とは、つまり日本の苦戦を意味する。

 巻や小笠原の投入、または落選した佐藤や松井・長谷部などの攻撃カードの不在、これらはジーコ日本代表チームを語るにおいて些事に過ぎない。なぜなら、選手交代のタイミングが極端に遅いジーコの、言い換えれば先発メンバーに凄まじいほどの信頼を寄せるジーコの思惑の中では交代カード3枚はそれほど能動的な意味を持たないのである。

 彼が監督である限りは90分の内、80分近くは先発メンバーで戦うことになると考えておいた方が無難だ。となれば、先発メンバーの戦いぶり如何で、すでに九分九厘のところまで勝敗はつく。残りの一厘で勝負をひっくり返すためのカードが交代枠3枚なのだ。つまりは先発の11人が何より重要であって、末端のカードの有無はジーコにとってそれ以上の存在ではない。

 楽観は未だこの国にも残ってはいるが、4年前ほどのお気楽な楽観ではなかろう。オーストラリア・クロアチア・ブラジル。この3カ国に加わって、勝ち点でグループ2位に滑り込むことができるのか。どう贔屓目に見ても、相当に厳しいと言わざるを得ない。

 そもそも、最も経験の浅いオーストラリアにすら、とんと勝てる気がしないのである。彼らの経験が浅いと言ってもそれはW杯での経験であって、選手個々のクラブチームでの経験値では日本の選手達とは比べ物にならないくらいに彼らの方が上だ。しかも、スピードのある左右両サイドを利かせて、鉄壁の守りで相手を誘い込み、蜂のようなカウンターを喰らわせる。

 遅攻の日本にとって、これほど厭な相手もいない。クロアチアにしてもラインを下げてくることが予想される。つまり日本は3戦目のブラジル以外に、殴り合いのフットボールをさせて頂ける相手はいないと言うことだ。1敗1分で迎えたブラジル戦を打ち合いで終え、結果は3戦して1敗2分でグループリーグ敗退。ブラジル戦の善戦だけを称えて、「惜敗!」のオンパレード。想像するだけで眩暈すら覚える展開だ。

 しかし、日本代表もFW陣の経験不足なら負けてはいないのである。高原、玉田、柳沢、大黒、巻。この5人の中でW杯本大会の経験者は柳沢ただ一人。しかも彼は本大会で1点も取ったことがない。後はすべて初舞台での爆発だけを期待される新参者ばかりである。つまるところ、FW5人全員がW杯得点経験ゼロである。

 このFWのメンツより、更に深刻なのがDF陣だ。宮本・中澤のどちらかが欠ければ、あるいは3バックへ移行すれば田中や坪井が控えてはいる。しかし、彼らにしてもW杯初出場であることには変わりがない。つまり日本は経験豊富な守備者を絶対的に欠いている。

 また、中盤のフィルター役にしても福西以外には適任がいない。これはつまり、「1−0」で勝っている試合を逃げ切るための、クローズするための交替守備要員がいないことを意味する。「1−0」の試合は「2−0」にしないことには勝てない。安心できない。これは辛い。新参者のDFにその任は重い。むしろチームが浮き足立つことにすらなりかねない。中田浩二がその適任か。守備の駒としてだけで見るには適役とは言いかねる。

 福西・中田・小笠原・中村の中盤で戦った昨年のコンフェデの対ブラジル戦。ジーコの脳裏にはこの試合の映像が残っているのだろう。本大会でも4バックで行くはずだ。クロアチア戦では裏目に出るかも知れないが、初戦のオーストラリア戦においては、4バックが吉と出そうだ。ワイドに開いてくる相手の3トップに対して3バックでは厳しいからである。左サイドのアレックスの裏は確かに危険だが、3バック時に中澤が中途半端にサイドに引っ張られることの方がより危ない。
 
「あそこまで張られると、どこまで自分が開いていいか、まだ分からない」(中澤・ブルガリア戦後談/参照
「右と左に張っている選手に、誰が付くのかはっきりしなかった」(田中・ブルガリア戦後談/同上)

 サイドに開いた敵ウイングへの対応について、苦慮しているDF陣の言である。今大会の日本のキーマンは紛れもなくDFの中澤である。彼の働きぶり如何で、日本の命運が決まると言っても過言ではない。チームで唯一、外国人選手と競り合いで五分五分にまで持って行ける彼の存在価値は思うより高い。

 彼がサイドにおびき出されて、中には宮本ただ一人という場面を作らないようにすることが第一だが、遅攻の日本が敵のカウンターを喰らう可能性はかなり高い。DFの枚数が足りない内にゴール前まで詰め寄られる事態は考慮に入れておくべきである。オーストラリア戦でアレックスが攻め上がること、すなわち中澤がサイドへ引っ張り込まれることである。自重する勇断を下す判断力はおそらくアレックス本人には期待できないだろう。而して放任主義の指揮官にも的確な指示は期待できない。となれば、頼みは宮本の独断のみか。

 想像は膨らむどころか萎み続けるばかりである。しかしながら、悲観的な要素だけで呟きを終えるのは心苦しい。良い面を探って行こう。

 柳沢が間に合ったのは個人的には朗報だった。現在のFW陣の中で最も経験があり、最も洗練されたフットボール観の持ち主。彼の得点力の無さは、動きの質と周囲への波及効果で採算は取れる。たとえば、中山という最良のパートナーのなくなった高原は点が取れないが、それは中山のように彼の為に敢えて潰れてくれる味方がいないからである。柳沢は動きの中でその中山の代理を兼ねることができる。

 サイドに流れて、両サイドの人数不足を補う。的確なポジショニングでポスト役としてボールを捌く。これだけでも使用価値はすこぶる高い。どの道、誰が出ても点を獲れないのは同じである。ならば、利用範囲の高い柳沢を使わない手はないではなかろうか。

 ジーコ曰く、柳沢の怪我が時間のかかる筋肉系の故障ではなく、骨折だったことが柳沢召集の大きな理由となったらしいが、ともかくジーコの選択が吉と出るか凶と出るかは柳沢の体調がどれだけ戻るかによる。あと4週間で戻りきるか。久保は4週間での回復を危惧され、柳沢は逆に期待された。あとは、高原の4年前の病が直前の移動で再発しないことを願うばかりである。

 大きな大会にはラッキーボーイが不可欠だが、今回のメンバーでは誰がそれに成り得るだろう。得点を考えるとそれはFWの選手であって欲しいが、5人のFWの内、玉田は先のアジアカップで、大黒は昨年のアジア最終予選ですでにラッキーボーイとしての役割を終えている。柳沢と高原には、もはや主力としての働きぶりを期待するほかなく、逆に彼らがラッキーボーイになるようでは不安この上ない。

 要するに、巻しかいない訳である。1点でも2点でも構わない。勝負を決定づける一発を何度打ち込めるか。それだけを期待する。ラッキーボーイの出現無くして、日本の進撃はない。無論、巻の他誰でも良いのだが。願わくばGK以外で頼みたい。

 中村の左足と技術は、W杯でも水準を軽く凌駕する。中田英寿も福西も彼の活躍を助長するだろう。福西がコンディションを落とさない限り、中盤の崩壊は寸でのところで免れる。3トップに以降した後の前線の陣容は気になるが、逃げ切りの策が使えない日本には他の選択肢はない。攻めて、攻めて、攻める。ただ攻めさせられて終わるかも知れないが、それがジーコの選ぶ道であり、結果として川淵会長が選んだ道なのだ。

 今回のメンバーには闘莉王もいなければ阿部もいない。松井も徳永も大久保もいない。アテネ経由ドイツ行きという謡い文句は、所詮は耳障りの良い鼻唄に過ぎなかった。現A代表の面々から2010年のW杯の中心を託せる人材がまったく見出せないのは気掛かりである。現在の代表メンバーの多くは世代的な偏りもあっただろうが、どちらにしてもトルシエによって栽培された苗が育った結果であろう。ジーコの植えた苗は、4年後に主力となる世代ではない。

 言わば、刈り入れ時をジーコに託した訳で、今回収穫に失敗すれば負の遺産だけが残り、それを今後数年に渡って背負い込むことになるのである。国民にその自覚はどこまであるのか。それを認識してなお、ジーコの戦いぶりに楽観的なエールだけを送る気楽さは探し出せない。

 当のジーコは半ば以上、本気で優勝を口にしている。あくまでも優勝が目標であると、こんなことを公言し得る日本代表監督など、おそらくこの後数十年は出てこないだろう。皮肉な意味で、彼は誠に希有な人材であることは違いない。恐らくは3戦全敗しても微塵の悲壮感も見せないと思われる。それがジーコの一面での潔さなのではあるが

 そもそもジーコが今さら小国・日本の代表監督になったとて、彼には一分の得もない。失うものしかないと言い切っても良いだろう。それを受諾した彼は、世捨て人の如くにその任に就いてきた。4年という日々は短くはなかった。60数試合を経てなお、戦い方の定まらない代表チームを、日本人すらが疑うほどに信頼しきっている。その妄信に、乗っかってみようかと日本人がさも思いかけそうな状況に来てさえいる。モーゼの如く、ジーコはW杯を切り開いて見せるか。人智を超越した先導者となって頂くしかすでに道がないのだろうか。

 ともかくも、厳しい表情のまま押し切った記者会見をもってジーコは船出した。先に待つのはグループリーグの3試合のみか。彼の目指す決勝までの7試合か。「あのジーコのチーム」という眼で見られるある意味での偏見。この種の偏見は今後そうそう日本には向けられないであろう希有な目線であることを、国民は自覚すべきである。

 先導者ジーコに付き従うスタメン11人とその仲間達。放任放置主義の先導者に付き従い、結果を出すことすら放任された彼らは、自らで結果という身をたぐり寄せることが出来得るのか否か。

 本番まであと4週間。テストマッチはドイツ戦とマルタ戦の2試合のみ。すでにジーコが公言していたように、柳沢はまずここで試される。ドイツ戦で教訓を、マルタ戦で自信を得る、が協会のプランだろうが、今は試合より合宿で互いの意識の距離を縮めることこそ先決である。コンビネーションは日本の生命線。勝ち負けは本番まで預けて、ジーコの視線の先に縋るしかない。望んだ状況では決してないが、すでに船は出されたのである。後はただ晴天を祈るばかりだ。
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# by meishow | 2006-05-16 21:10 | フットボール
2005年 12月 11日

来夏の青写真

 現地時間の12月9日、ドイツはライプチヒで2006年W杯の1次リーグ組み合わせ抽選会が行なわれた。参加32カ国をそれぞれ4チームずつ8組に分けるこの抽選結果が、毎回W杯の展開に大きく影響を与える。その青写真がとうとう発表されたのである。

 ブラジルなどのシード国、シード国から漏れた強豪オランダらのグループ、中堅国、実績のない日本などの弱小国など4つのカテゴリー分けを事前にされ、そのカテゴリーごとに8組に組み分けされていく。クジ運によっては強豪ばかりが出揃う組もあれば、そうでない組も出てくる。強豪揃いの組から這い上がれば、カード累積や主力選手を温存できないなどチーム自体の消耗が激しくなるので、優勝を目指す国に取っては大き過ぎるハンデとなる。

A ドイツ コスタリカ  ポーランド エクアドル
B イングランド パラグアイ トリニダード・トバゴ スウェーデン
C アルゼンチン コートジボワール セルビア・モンテネグロ オランダ
D メキシコ イラン アンゴラ ポルトガル
E イタリア ガーナ アメリカ チェコ
F ブラジル クロアチア オーストラリア 日本
G フランス スイス 韓国 トーゴ
H スペイン ウクライナ チュニジア サウジアラビア


 この組み合わせ結果で、誰が見ても難度が高いと思われるのはグループCであろう。優勝候補のひとつであるアルゼンチンは前回大会に続いて厳しい組に入った。アフリカ最強の呼び声高いコートジボアール、東欧の雄セルビア・モンテネグロ、そしてシード国から漏れた第2グループ最強の国オランダ。ここからどの2カ国がグループリーグを突破してきてもチームの疲弊は避けられず、もはやこれらの国々は優勝戦線から脱落しかけていると言っても過言ではないだろう。

 これらに比べて、開催国として優勝を義務づけられているドイツはこれ以上ない結果を得た。決勝戦まで続く長い道のりを考えながら、自在に試運転を開始していけるだろう。隣のB組、イングランドは何としてもグループで1位突破を図りたい。決勝トーナメント1回戦でいきなりドイツとは当たりたくないからだ。とはいえ、B組のライバル・スウェーデンを押さえることさえできれば前途は明るいと言えるだろう。

 グループEもなかなかに厳しい。優勝を狙うイタリアにとっては、ガーナ、アメリカ、チェコはやりやすい相手ではなかった。特にサイド攻撃に執拗さのあるアメリカとの相性は良くないだろう。どの国にも手が抜けないと言う意味ではどうやら乱戦の様相を呈しそうだ。

 グループDのポルトガル、グループHのスペインは共に突破はかつ実資される組に配された。アルゼンチンやオランダ、そしてイタリアなどよりも好成績を残す可能性はこちらの2カ国の方が高い。

 前回大会の雪辱を果たしたいフランスは割合に地味なグループG。スイス、韓国、トーゴの中での2位争いの方がヒートアップしそうだ。韓国が抜けるようなら、決勝トーナメントはグループHのスペインとの対戦というカードも考えられる。因縁の対決再びという展開は面白くなりそうだ。

 さてさて、問題の日本の組み合わせだが極端に厳しくも甘くもない、特徴のない組に配された。グループFはブラジル、クロアチア、オーストラリア、日本。しかしなぜだか、ブラジルと同組に配属されたことには驚きがなかった。どうも開催国のドイツか、もしくはブラジルと同じ組み分けになりそうな気がしていたのである。これも我らが『神様』のお導きか。

 このF組はどう贔屓目に見ても、永遠の優勝候補ブラジルが頭10個分抜けている1強対その他3カ国の組み合わせである。意地悪く考えなければ、ブラジルの1位通過だけはどう転んでも揺らぎようがない。となれば2位争いに焦点は絞られるわけだが、この国だけは勝ち点が計算できるという最弱小国が特にいない点がポイントだろう。(他の3カ国は日本をそれに充てるだろうが…)

 日本が対戦する順番だけは恵まれた。第1戦目オーストラリア、2戦目にクロアチア、3戦目ブラジルと続く。3戦目のブラジルはこの時点ですでにグループリーグ突破を決めている可能性が高い。レギュラー陣を大胆に休ませて準2軍のようなメンバー構成で臨んでくる展開は容易に想像できる。ここに至るまでに日本が黒星を得てさえいなければ、かなり有利な立場に立てるかも知れない。

 日本がやる気のないブラジルと戦っている別会場では、クロアチアとオーストラリアが本気でぶつかり合うということになる。だが逆に捉えれば、ブラジルが3戦目までのどこかで星を取りこぼしていれば、日本は本気のブラジルを蹴散らさなければならないということにもなる訳で、どちらにしろブラジル戦以外の2試合が日本にとっての肝になることだけは間違いない。

 今大会、ダークホースとして面白い存在になりそうだと思われたのはコートジボアールなど未知の新興国だったが、新興で未知という意味では悲願の本大会出場を果たしたオーストラリアもこの枠に当て嵌まる。実績皆無のこの国が、名将ヒディングに率いられてどんなフットボールを展開するのか。場合によっては台風の目になっても不思議ではないと抽選の前から思っていた。

 前々回大会のオランダ、前回大会の韓国と、この名将は自ら監督としたチームを2大会連続で準決勝まで導いている。紛れもなく偉業ではあるが、それを3大会連続に更新する可能性もないことはない。堅守に支えられたカウンターの威力をそのままに、ヒディングお得意の鬼気迫るサイド攻撃が活性化されれば、どんな国が対戦しても苦戦は免れないと思われる。

 ここは幾ら強調してもしたりないが、サイドの展開を重要視しない日本が最も苦手とするタイプが、サイド攻撃を得意とするチームである。これだけは疑いようがない。日本が3バックで臨めば、ウイングバックが押し込まれて5バック化するし、4バックだと中盤の選手が後ろへ後退させられる結果に終わる。中盤で勝負させてもらえない可能性がきわめて高いこのタイプの相手はできるなら避けたいところだった。

 それな日本の初戦の相手がオーストラリアである。確かにオーストラリアにW杯での豊富な経験はないが、そのために彼らは経験のある監督を頭に据えた。この名将にしてみれば、数ヶ月の準備だけで短期決戦用のチームを作り上げることは難しい仕事ではない。経験のない選手たちがナーバスになってくれるなら幸いだが、緊張して堅くなってしまうのが日本の選手の方であれば笑えない。

 ジーコのチームはメンバーが集まって練習し、連携を高める時間を重ねるだけその精度が上がってくる尻上がりのチーム。初戦の段階では7割程度の実力しか発揮できないだろう。2試合目で8割、3試合目でようやく良い試合が出来るところまで持っていけるとしたら、せっかく恵まれた対戦順の良さも活かせずに終わってしまうことになる。

 今後、本番までの期間はこれまでの漠然とした強化の準備期間とは違って、本大会での対戦国3カ国のタイプを研究し、攻略法を見極めるリサーチ合戦になっていく。選手は良いフットボールをすることだけが目標となるが、監督やコーチとしては安穏と選手と同じような気持ちではいられない。

「日本は4年前とは違う。今すぐ情報を集めたい」(ヒディング・オーストラリア代表監督/参照

 緻密に情報を集め、詳細に研究し、本番では大胆に采配するこの名将の言葉は対戦国としては羨ましい限りだ。「ダイジョウブ」という言葉を繰り返す我らがジーコ監督の笑みは、不安な要素しか映し出してはくれない。しかし、彼を推した川淵会長は露ほどの心配もしていない様子である。

「1次リーグを突破できれば、後はジーコのカリスマがチームをより高いところに導いてくれる」(川淵・日本サッカー協会会長/参照

 どこと当たっても自国のフットボールをするだけで勝てるというのは、一握りの強国だけに許された贅沢な戦い方である。それを一般のチームがするとすれば、当たってくだけろの玉砕精神で臨むしかない。つまりはそれを助長させる世論の後押しが必須である。極論すると、派手に戦い大敗して非難するのか、それとも見苦しい戦いをしてでも良成績を期待するのか。その選択を迫られているのは国民の側である。

 おそらくジーコは自分の心持ちを崩すことなく、本番に臨むだろう。相手が誰であれ、さして研究もせず対策も練ることなく、良く言えば泰然自若として王国の代表の如き振る舞いでベンチに座るだろう。そんな監督はもう今後の日本代表監督のメンツには現れないに違いない。

 本番ではもしかするとハラハラさせるような綱渡りの熱戦を演出してくれるかも知れない。神懸かり的なまぐれ当たりの選手交代を連発させるかも知れない。尻上がりに調子を上げたチームは、3戦目でブラジルを破るようなことがあるかも知れない。だが、すべては希望的観測である。予選の間もジーコを信じ続けた国民は、最後の最後には本大会への切符を手にしていた。それこそがジーコ流のマジックなのかも知れず、そうとすれば心配させるだけさせておくのが、ジーコ的奇術のタネである。悲観的な希望だけが、ジーコの日本代表チームから醸し出される唯一の可能性なのも知れない。

 さて最後に、もしもすべてが上手く行って、日本がグループリーグを無事に2位通過できた場合のことを考えてみよう。日本のいるグループFから勝ち上がる2カ国は、グループEから上がってきた2カ国のいずれかの国と対戦することになる。イタリア、ガーナ、アメリカ、チェコ。大方の予想ではイタリア、チェコの2つで決まりだろうが、アメリカやガーナが入り込んでくる可能性も充分にある。しかし、ここはひとつ大方の予想に沿って考えてみると、1位イタリア、2位チェコというものになるだろう。グループFで2位の日本は、イタリアと決勝トーナメント1回戦を戦うことになる。

 前回大会の韓国のような奇跡を期待すのは無謀というものだろうが、日本の神たるジーコがそれを果たした時、チームが見せるフットボールはどんなものなのだろうか。尻上がりに調子を上げたチームは強敵をバッタバッタと斬り倒し華々しく戦っていくのか。それとも相手の腰に縋り付くような無様な泥仕合で何とか勝っていくのか。成績如何よりも気にかかるのは、どんなフットボールを見せられるかという一点に尽きる。

 所詮、極東の小国がグループリーグを突破した程度では、誰の目にも印象的な戦績には映らない。極言すると、優勝しない限り戦績だけでインパクトを残すことは不可能である。とすれば、考えられないような華々しい撃ち合いをして、人々のイメージにその戦いぶりと心意気をまざまざと見せつけて散る方が、何倍も印象を残す可能性があるというものだ。

 日本がブラジルやイタリアを相手に寝技に持ち込んで見るも無残なフットボールを見せるのであれば、何のためにはるばるドイツまで出かけて行くのかわからない。ジーコに期待できるのはモチベーターとしての彼の力量だけなので、その能力を本番では最大限に発揮してもらいたい。

 欧州でのリーグ戦が終焉を迎えた直後に始まる夏のW杯は、欧州各国で活躍する選手たちのコンディションは普通に考えて最悪に近い。翻って極東の日本では春から始まったJリーグを、真っ只中で中断してW杯本大会へ殴り込む。コンディションとしては申し分ない。事前合宿もあり時差ボケの影響もないだろう。長いリーグ戦を終えて疲弊している中村ら欧州勢より、日本の快進撃を支える核となるのは間違いなくJリーグで体調を上げてきたメンバーたちである。これに加えるなら、怪我からの復帰が大前提として小野の存在か。怪我のためにリーグ戦での消耗を避けられるという効能はある。試合勘などの影響を受けない程度に試運転できた後なら、逆説的には期待できるかも知れない。

 韓国は今大会も何かをやらかしそうな期待感を持たせる。極東のノーインパクト国代表・日本としては、ここらで花火を打ち上げてもらいたいというのが率直な感想だが、ジーコの勝ち気にどこまで選手が付いていけるのかにすべてが掛かっていると言えるだろう。初戦は大事と口では言いながら、今ひとつ締まりのない試合をしてオーストラリアに苦杯を嘗めさせられるような結果になれば、その時点で本大会は終わってしまうことになる。

 国家を挙げて、選手らのドイツへの修学旅行を計画してやる義理はない。自費をはたいて乗り込む日本人サポーターに対して示しがつかない。彼らに対してこそ、チームは晴れ晴れとしたフットボールを披露する義務があるのである。

 準備期間は思うよりもずっと短い。本番までの練習試合の数も数えるほどである。この期に至ってはメンバーの入れ替えも数人しか期待できない。サイド攻撃放棄の中央突破型のフットボールが劇的な変化を見せることもない。最後のツメの甘い遅攻がどこまで通用するのか。はたまた先のアジア杯で見せたような汗臭さを本大会の何試合目から見せられるのだろうか。

 4年間熟成されたジーコ手製のワインが、酸味の利かない子供向けのノンアルコールでないことを期待する。しかしながらこのチームは、ジーコがコルクを抜く作業に手間取っている間に初戦の開始時間に間に合わなくなるという恐れの方が強いが。無論のこと、それを回避することだけを今は願っている。
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# by meishow | 2005-12-11 15:33 | フットボール